オリオン・ファンタジア

第三話『青雷の旅人』

 白く霧立った冷気が充満する、薄暗い空間。
 その最奥に鎮座するのは、純黒の布に覆われた巨大な機械の塊だった。

 それはどこからか伸びた大量のコードに繋がれており、僅かな布の隙間からは微弱な光が零れて、布の下に隠れている鋭い凹凸を鈍く照らし出す。
 そして微かに聞こえるくらいの音量で、ブツブツと肉声とは異なる言葉の羅列が、乱雑に置かれた複数のスピーカーから漏れ出ていた。

『報告/第三世界ノ制圧率低下ヲ確認』

『要求/制圧率低下原因ノ報告』

『報告/現地敵対勢力ノ妨害ニヨル自軍兵力ノ低下ガ原因』

『提案/更ナル自軍兵力ノ投入』

『提案受領/自軍総合兵力ヲ計算中――』

 ジジ……ジジジ――

 各所の光が激しく点滅し、まるで人の唸りのような機械音が反響して響き渡る。
 数秒後、ふとその音が止むと、再びスピーカーから電子音声が鳴った。

『報告/機体番号A-01《アダム》ノ接近ヲ確認』

『了解/素体起動シークエンス開始。会話モジュール起動――』

 どこからか気が抜けた音がすると、機械を覆う布の一部から美しい女性が姿を現し、ふわりと跳躍して地面に着地する。

 腰あたりまで伸びた艶やかな銀髪、前髪と長いまつ毛の下に隠れつつもこれでもかと存在感を放つエメラルドの瞳は、彼女の純白の肌によく映えている。
 その肌と対比になるような純黒のドレスは、誰もが目を奪われる凹凸を頼りなく覆っている。

 眠たげな表情から一転、慈愛に満ちた笑みを浮かべて、唐紅で色づいた唇を開き、透き通った声音で扉の向こうに控える者へと語りかけた。

「アダム、入っても良いですよ」

 その言葉に呼応するように、正面に聳える堅牢な扉がゆっくりと開かれると、薄暗い空間に外界の光が差し込んでくる。
 暗闇に包まれて全貌がわからなかったその空間は、まるで西洋の城の王の間のように荘厳な作りの一室だった。
 しかし《荘厳》という表現は、壁や床に走ったヒビと崩壊した柱で薄れ、本来玉座があるべき最奥には、純黒の布に覆われた巨大な機械の塊の存在こそが、それを《違和感》へと変えた。

 扉の隙間から差す光を背に、所々破れながらも辛うじて扉と部屋の奥を繋ぐカーペットを、一つの人影がゆっくりと歩いて来る。
 逆光から抜けて顕になったのは、綺麗なプラチナブロンドの髪の下に、整った顔には到底似合わない鋭い眼差しを覗かせた青年だった。
 近未来的なデザインの白い戦闘服に身を包んだ彼は、足音を極力立てないよう細心の注意を払った独特の歩き方している。

 程なくして女性の前まで到達したアダムと呼ばれた青年は、聖母のような笑みをじっと見つめた後、その場で跪いて報告を開始する。

「母上、突然失礼いたします。その……お加減はいかがでしょうか?」

「えぇ、貴方の顔を見たからでしょうか、今日は比較的穏やかですよ、ありがとう」

「それは何よりです……一刻も早く第三世界のオーブに内包された“不死の力”を手中に納めなければ……僕は母上までも……」

 地に着いたアダムの拳に力が入り、小刻みに震える。
 その顔は《恨み》や《後悔》など、ありとあらゆる負の感情が渦巻いたような酷いものだった、しかしそれは冷たくて暖かい母の手に包まれ、徐々に力が抜けていく。

「我が娘《イヴ》の事はとても残念でした……でもまだ希望は捨ててはなりません」

 母が悲しそうな表情、声色で震える我が子に寄り添い語りかける。
 アダムは《イヴ》という単語に一瞬肩を震わせながらも、生唾を飲んで言葉を返す。

「はい、まだイヴが死んだなんて決まったわけじゃない……僕はきっとこのダンジョンを征圧して、母上の事も……そしてイヴの事も救って見せます――!」

 顔を上げて先ほどとは別の、《決意》と《覚悟》に満ちた軍人の顔でそう言い放った。
 それを受け、なんだか嬉しそうに肩をすくませ、再び息子に微笑みかける。

「ふふっ、頼もしくなりましたね、アダム。やはりあなたに我が軍の将軍を任せたのは正解でした、今後も期待していますよ」

「はっ、お任せください」

「それで……何かあったのでしようか? 忙しい貴方がわざわざ顔を出すのですから、ただ事ではないのでしょう?」

 本題に移るべく、ここに来た理由を問うてみると、アダムはハッとした顔になり、再びお手本のような姿勢で跪いた。

「も、申し訳ございません、おか……いえ、マキナ様……ご報告します。先ほど不可侵領域である天界にて“次元門”の出現が観測されました。恐らくは数千年に渡り籠城している賢者の仕業でしょう」

「次元門……このダンジョンと呼ばれる“つぎはぎの世界”を繋ぎ、謂わば核とも言える未解明の魔法……しかし、かの賢者は何のために次元門を繋いだのでしょうか――?」

 マキナはコツコツと高いヒールを鳴らし、怪訝そうに目を細め思案を巡らす。

「推測ですが、我が軍に対抗する新たな勇者を召喚したのではないかと」

「なるほど、それは十分にあり得る推測ですね。召喚された者の力がこの世界のパワーバランスを壊す程の物か否か、それを調査する必要がありそうですね」

「僕も同意見です。すぐにでも人員を調査チームを派遣し調査を開始します」

「えぇ頼みましたよ、アダム」

「大いなる“機械たちの神《デウス》”の為に――」

 アダムはその場で立ち上がって敬礼し、『了解』の意味を持つ返答を口にする。

 その姿を見届けると、軍の最高指揮官として、そしてこれから戦地に赴こうとしている子を送る母として、同じように敬礼を返す。
 数秒間、互いに敬礼を向け合うと、ほぼ同じタイミングで腕を下げた。

「それでは行って参ります、お母様」

「武運を祈ってますね――」

 母からの激励を受け、アダムの鋭い眼差しが一瞬緩むが、すぐに元に戻してその場を後にする。

 アダムが退出し、王の間の扉が音を立てながら完全に閉まると、一人残ったマキナの身体が糸の切れた人形のようにその場に崩れた。
 全身はピクピクと不規則に揺れ、美しかった彼女のエメラルドの瞳にはもう光は灯っておらず、それはまるで命の灯火が消えてしまったようだった。

 しばらくの静寂の後、再びスピーカーからは、形式的な発言を繰り返すあの電子音声が再生される。

『エラー/著シイ筋力ノ低下ニヨリ素体ノ制御ニ問題発生』

『報告/メイン素体保管カプセル内ノ磁気・電気刺激システムニエラーヲ確認』

『報告/素体ノ表面温度上昇中。腐敗ノ恐レアリ』

『了解/メイン素体保管カプセルノ修理ヲ実行。マニュアルニ従イ、素体ヲサブカプセルニ収容』

 その後もブツブツと絶え間なく響く電子音声の中、マキナの身体が機械の塊から伸びたアームによって部屋の更に奥へと姿を消したのは、誰の知らない――。

        ◇

 私は遂に、異世界へと足を踏み入れた。

 開拓の限りを尽くされた現実では、到底お目にかかれない広大な大地。
 道端には、見た事もないような草木が生い茂り、それが日常にならない内は、それすら面白おかしく感じるだろう。
 そして遮るものが何もなく、ただただ広がる蒼空には、巨大なドラゴンが悠々と翼を力強くはためかせ、私たちの窺い知れない目的地に向けて飛翔する。

 不肖、青乃祭莉――伊達に長年ゲームやらアニメやらラノベやらに、多額の資金を投じて嗜んでいるわけではない。

 王道RPGをプレイすれば、いつか自分もこんな心踊る冒険をしたいと熱望したし、昨今流行りの異世界転生モノのラノベを読めば、自分もふとした出来事で異世界に転生(死んじゃうのは普通に嫌だけど)するかもしれないと気が気でない日々も過ごした。

 そして今、なんだか偉そうな杖の精霊に“異世界転移”というなんとも都合のいいシチュエーションで、異世界へと足を踏み入れたわけだが……。

「なんか……めっちゃ既視感ある街並みじゃない……?」

 目の前に広がっていたのは、記憶の中のオリオン通りに酷似した光景だった。

「そりゃそうじゃ、第一の世界はお主の世界の鏡写しのような物と、さっき懇切丁寧に説明してやったじゃろうが」

 隣に立つユニが、ジト目でそんな事を言ってくる。

「なんかもっとこう……ファンタジーっぽい感じのスタート地点を想像してたんですけど! 詐欺罪で訴えるぞ! 理由はもちろんお分かりですねッ!! あなたが――」

 こんな時の定番である詐欺罪と器物損壊罪のコピペのアレンジをかますが、ユニが頭にハテナを浮かべているのを見て「あ、伝わってないな」と察し、そこまででやめにした。

「ちょっとオタクちゃんが何言っとるのかわからんが、これでも十分ファンタジーっぽいじゃろ。ほれ、周りをよく見てみろ」

「え〜、周りぃ?」

 ユニに促され、見知っているがどこか異なる街並みを、今一度眺めてみることにする。

 まず最初に目に留まったのは、お店の看板の“文字”だった。  デザインや配色は確実に見た事があるのに、そこに記された文字は全くと言っていいほど読めない図形のように見えた。

 確か夜な夜な作業の横で垂れ流している解説動画で、未だに解読されていない手稿がどうこうって話で、こんな文字を見た気がする。

 あれ、もしかしてこの文字読めるようになったら、私有名人なってしまうのでは?

「ね、ねぇユニ! あの看板ってなんて読むの!?」

 私は目をキラキラさせて、手近にあった現実だとフェスタ横の薬局があるはずのポーション店? を指差してユニに問うてみた。

「ん〜? 知らん」

 そう冷たくあしらわれ、私の嬉々とした表情はフッと真顔になると、ちょうどいい高さにあるユニの頭を軽めにヘッドロックし、件の看板へと無理やり顔を向けた。

「知らないって事はないでしょ!! ほら、もっとよく見て!!」

「だッ!? 放さんかこの無礼者ッ!! 本当に読めないんじゃ!!」

「え、そうなの? それならそうと早く言ってよ〜」

 腕の中でジタバタと暴れるユニをパッと解放すると、恨めしそうな目で私を見てきた。

「とんだ暴力野郎じゃな……勇者じゃなく狂戦士の方がお似合いなんじゃないか?」

「いいね、狂戦士。どのクラスにも攻撃倍率かかりそう」

 その場で軽くシャドウボクシングをする私を、またも頭にハテナを浮かべたユニが私をじーっと見ているが、もう気にしない事にした。
 オタクとして生きていればこんな事は日常茶飯事、親にも友達にも似たような目を向けられる悲しき生き物なのだ。

 若干二十歳の天才解読者の夢を諦めた私は、再びキョロキョロと辺りを見渡す。

 すると――たまたま通行人とバッチリ目が合ってしまった。

 普段なら目が合いそうな瞬間に視線を外して、あたかも最初から目なんか会ってなかった風を装うところだが、今回ばかりは例外だった。

 理由は至極単純、その相手が人間ではなく、“モンスター”だったからだ。
 くすんだ緑の肌。私の三倍くらい横に長い耳。そして口に納まらない大きな牙。
 間違いない、ゴブリンだ。

 私の知っているゴブリンと相違点を挙げるとすれば、シャツとズボンを着込み、まるでサラリーマンのようにネクタイを締めてカバンを持っている所だろうか。

 とはいえ相手はモンスターで、ここはファンタジー世界、これはきっと俗に言う「目が合ったわね、勝負よ!」の流れなのかもしれない。
 いやいやいや! そもそも今、武器も防具も何も持ってなくて、大丈夫じゃない問題しかない状態なんですけど!? その辺はちゃんと大丈夫なのだろうか……?

 そんな事を考え目が合ってからおよそ三秒が経過し、先に痺れを切らしたゴブリンが三本指の小さな足で、地面を一歩、また一歩と踏みしめて、私たちの方に近付いて来る。

 ニッと少し開いた口からは、ワニを彷彿とさせるギザギザの鋭利な歯が確認でき、これで噛みつかれたらきっとひとたまりもないぞと、まざまざと知らしめているようだった。

「ゆ、ユニ……どどど、どうしよッ……詰んだかも……」

「ん? 何言ってんじゃお主は、って、服が伸びるじゃろ!!」

 震える手でユニの袖がガッチリ掴むが、あっさり振り解かれてしまう。

「だ、だってゴブ――」

「あのぉ……」

「ひゃ、ひゃいッ!! って……あれ?」

 聞こえてきたのは、怪物の呻き声ではなく、親しげな男性の声だった。

 素っ頓狂な声を上げた私は、その声の方を恐る恐る見やる。

 そこに居たのは、紛れもなくさっきのゴブリンだったのだが、彼が向ける優しそうな笑顔は、どこか話しやすい近所のおじさんのようにも見えた。

「これは失礼、驚かせてしまったようだね。人間なんてあまり見かけなかったから、つい見つめてしまったよ〜」

 私の腰くらいまでしかない身長のゴブリンは、物腰柔らかに一礼をした。
 なんとなくそれに倣って、私もぺこりとお辞儀をする。

「あ、えっと……私こそ珍しくてつい……すみません……」

「ぷっ、ザ・陰キャの返事じゃな……ぷぷぷっ」

「うっさい!」

 再びユニの頭をヘッドロックし、今度はおまけにこめかみをぐりぐりしてやる。

「ハッハッハッ、仲がよろしい旅人さんだ。ところで青髪のお嬢さんはゴブリンを見た事がないのかい? 今じゃどこの国でもおいらのように暮らしていると思うが……」

「あぁ、こやつは別の世界からやってきたのじゃ。そこは人間しかおらぬから、そなたが物珍しかったのじゃろ――うわっ!?」

 ユニをグッと引き寄せ、ゴブリンには聞こえないくらいの声量で会話を始める。

(ちょ、ちょっと! 別の世界から来たとか普通に言っても大丈夫なの!?)

(なんでダメなんじゃ? お主はどこ出身か聞かれたら普通に栃木と答えるじゃろ?)

(いやまぁ、それはそうだけど……)

「なぁるほど! 別の世界からの旅人だったのか!」

「あ、あれ? 驚かないんですか……?」

「おいらだって別の世界出身で、出稼ぎにここに来ている身だからね、驚かないよ」

「ほらな、ここじゃ何も珍しい事じゃないんじゃよ」

 ほーん、なるほどなるほど……。異世界進んでるなぁ……。

 仮に現実世界で「私は別の世界から来ました」なんて言った日には頭のおかしいやつと思われ、最悪通報される事だろう。

「ならば初遭遇ゴブリンというわけだね? 光栄だなぁ〜、おいらはゴブよろしくね」

「あ、私は青乃祭莉……です。よろしく……」

「わしはユニじゃ、この陰キャちゃんのお供をしておる」

 また私の地雷ワードをわざとらしく言うのじゃロリだったが、もうキリがないのでキッと睨むだけで無視する事にした。

「マツリちゃんに、ユニちゃん……まるで御伽話の賢者様みたいでかっこいいな!」

「御伽話?」

「あぁ、この世界に昔からある伝説でな、子供の頃にお袋によく読み聞かせてもらったもんだよ、確か勇者が魔王を――」

「ところでゴブよ、この辺りで飲食店はないか? わしら長旅でお腹がペコちゃんでな」

 長くなる気配を感じたからだろうか、ユニは不自然に御伽話のあらすじを遮って、お腹をぽんぽんしながらレストランの場所をゴブさんに質問した。

「おっと、そりゃ大変だな……やっぱり大ねずみの頑固大将がやってるバーガーショップは外せないなぁ、おいらも週三で行ってるよ! でも最近大将を見てないような……」

 バーガーショップ……その甘美でジャンキーな単語が鼓膜を震わせた瞬間、ふと昨日から何も食べずに徹夜で作業して、気が付いたら異世界にやってきていた事を思い出した。

 すると――。

 ぐぅぅぅぅ〜……

「あ……ぁ……」

 それに呼応するようにお腹の虫が大きな大きな鳴き声で悲痛の叫びを挙げた。

「ハハッ、バーガーショップはちょうどマツリちゃん達の後ろにある緑の看板の店だよ。ちょうどマツリちゃんと同い年くらいの人間の女の子が、ウェイトレスをしてるんだよ」

「へぇ〜、それは気になりますね」

「そしたらわしらはその店に行ってみるとするかの、引き止めて悪かったな」

「おっと、つい長話しちゃったなぁ、じゃあおいらはそろそろ仕事に戻るとするよ」

「ありがとう、仕事頑張るのじゃ」

「ありがとうございました! お仕事ファイトです!」

 ユニと共に仕事に向かう戦士に、ガッツポーズで激励を送る。

「あぁ、ありがとよユニちゃんマツリちゃん、それじゃあな!」

 満面の笑みでゴブさんは、私たちに手を振って元々向かっていた方角へと歩き始めた。

「いい人……人なのかな? いや人か、だったね」

 確かに人間ではないが、会話も普通にできるし、何よりユーモアがある人だった。
 下手したら、現実で道ゆく人と話すのよりハードル低いかもしれない……。

「最初はビクビクと怯えていたようじゃがな」

「だって、ちょっと怖かったんだもん……でも、もうそんな事思わないよ」

 現実の人間のように、社会性を持ってモンスター達が暮らしているのが“この世界”の日常で、私の存在は逆に非日常なのだろう。
 改めて通りを往来する通行人達を見ると、ゴブリンはもちろん、ファンタジー作品でよく見る人にケモ耳が生えた獣人や大きな体躯のゴーレム、一つ目に触手のような足が生えたエイリアンまで、実に多種多様な種族がこの街のほんの一角でも確認できた。

「すごいや……」

 たった一人の現地人と会話しただけなのに、私の世界が少し広がったのを感じた。
 でもまだここに来て少ししか経っていない、まだまだ私の知らなかった事とたくさん出会える、そんな気がした。

「派手なのもいいが、こういうのも悪くないじゃろ? ほら行くぞ」

 ユニに肘でこつんと合図され、普段とは少し違う街並みを瞳の奥に焼きつけて、教えてもらったバーガーショップ、現実だとフェスタがある建物へと向かった。

        ◇

 店内に足を踏み入れると、そこも実にファンタジーだった。
 冒険心を掻き立てる愉快な音楽。食事を楽しむモンスター達の楽しげな喧騒。宙にはくるくると回るおばけがウェイターとして忙しなく行き来している。

「いらっしゃいませ〜……あら、旅人さんかな?」

 入り口付近で店の様子を伺っていると、エプロンをかけて桃色の髪をお下げにした、元気いっぱいそうな女の子が話しかけて来た。
 年は私と同じくらいで、恐らくゴブさんが言っていたのはこの子だろう。

「そ、そうそう旅人! あなたがここのお店のウェイトレスさん?」

「うん、そうよ! 私はアン、ここラット・ライク・バーガーの看板娘なの♪」

 桃色の髪の少女――アンは、その場でくるりと回ってスカートを翻すと、なんちゃってカーテシーをして、お茶目にベロを少し出して見せた。

「可愛らしい娘さんじゃな。わしはユニ、隣のオタクちゃんのお供をしておる」

 ユニは親指で私を差して、雑に私の紹介も一緒にする。

「ふむふむ……ユニちゃんに、オタクちゃ――」

 とまぁ、そんな雑な紹介をするもんだから、誰が見ても純粋無垢そうなアンに、私の名前が“オタク”として伝わってしまった。

「ちょちょちょっ!! 紹介するならちゃんとしてよ! 私の名前は祭莉だからねッ!! オタクは名前じゃないからねッ!?」

「あら、そうなの? “オタク”ってとっても素敵な名前だと思うけれど……」

「ぷっ、ぷぷぷ……よかったではないか……もういっそ改名したらどうじゃ……ぷぷっ」

「ユニィィィィイ……!!」

 私の背後から『ゴゴゴゴゴッ』という可視化された効果音と、メラメラと燃える炎が出現した気がして、それは私だけでなくユニも感じ取ったらしい。

「げっ、やばっ……と、ところでアンよ。わしら実はお腹がペコちゃんで、知り合いにここを勧められきたのじゃが――ひぃッ!?」

 話を変えようとするユニの後頭部に、鋭い視線を送り続けていると、それを察知した彼女は、とてもコミカルな顔で怯えている。

 ん、どんな顔かって?
 ((((;゚Д゚)))))))ヒィ
 顔文字で例えるとこんな顔である。

 きっと私の後ろには『シャー!!』と毛を逆立て、怖い顔で威嚇する猫のスタンドが出ているのだろう、そうでなきゃ私の顔が怖いと言うことになってしまう。

 ユニは顔をそのままにカタカタとアンの方に向き直り、その後の言葉を続ける。

「せ、席は……アイテマスカ……?」

「ふふふっ♪ 二人はとっても仲が良いのね、席は大丈夫だからこっちへどうぞ♪」

 後半カタコト外国人みたいになってたが、無事伝わってアンに席へと案内される。

 席まで歩いている間、ユニは右足と右手を左足と左手を同時に出して、明らかに不自然な歩き方をして私をチラチラと見てきたが、ぷいっとそっぽを向いた。

 程なくして席に到着し、着席するとアンがメニューとお冷やを差し出してきた。  さて何を食べようか、なんて思いながらメニューをウキウキで眺めるが……。

「あのぉ……アン。実はこの国の文字が読めなくて、おすすめとかってある……?」

 料理名と価格だけのメニュー表から何も読み取れなかった私は、アンに助けをこう。

「あら、そうだったのね。う〜んどれもおすすめだけど……まずはデラックスバーガーにしたらどうかしら! 全六層構成で、うちの主力バーガーが一つに詰まっているの!」

「お、いいね〜私それにしちゃ――」

「ま、待て祭莉よ……それはどれくらいの大きさなのかわかるか?」

 もう聞いてるだけで美味しそうなハンバーガーにしようと注文を試みるが、それを遮ってユニが不穏な事を言ってくる。
 確かに“全六層構成”とか、デカくなる予感しかしない単語をアンは言っていた。
 一応、念の為、念には念をで一度確認してみよう……。

「ん? えっとね〜……あ、あの人が食べてるのがそうよ!」

「うっ……あれか……」

 アンの視線の先には、恐らくオークの女性が座っており、その手にはテレビとかで海外の特盛料理特集とかでよく見る、とにかくでかい肉やら野菜、溢れ出るチーズをパンで挟んだ、辛うじてハンバーガーと認識できる物を、幸せそうに頬張っているではないか。

「……み、ミニサイズとかって無いかな?」

「本当は無いんだけど……私のまかない用は小さいから、それを持ってきてあげるね!」

「え、じゃあアンはあれ食べないの?」

「もぉ祭莉ちゃんったら〜あんなに食べ切れないよ〜」

「食べ切れないんかい! はぁ……じゃあ小さいの二個でよろしくね」

「はぁ〜い承りました〜、少々お待ちくださいね♪」

 アンはメニューを回収し、ぺこりとお辞儀すると厨房の奥へと消えていった。
 それを見送ると、無意識ににスマホに電源を入れて、SNSを見ようとする。
 しかしここには電波が通っていないらしく、右上には圏外と表示されており、画面の上にスワイプしても何も更新されなかった。

「まぁ、異世界に基地局は無いよねぇ……」

「祭莉、何を持っておるのじゃ?」

 ユニが私の持つ光る板を、キラキラした目で興味津々そうに見つめている。

「スマホだよ、スマートフォン……あ〜っと、携帯電話って言ったらわかる?」

「わからん!」

 眩しい笑顔でユニが答える。

「わかんないか〜……まぁ、簡単に言うと遠くにいる人と話せる機械ってこと」

 もっとも、私はソシャゲをプレイするゲーム機か、SNSを確認するためのツールとか娯楽を楽しむためにしか使っていないが……

「ほぉ〜、そっちの世界はそんなに進んどるのか……ちと貸してくれんか?」

「やだ」

「なぜ?」

「これは個人情報の塊なの、落としたり人に貸しちゃいけないものなの」

「そこをなんとかぁ〜」

「無理、却下。圏外だからもうしまっちゃお」

「あ〜! わしのスマホが!!」

「ちょっ! ユニのじゃないって!! もう、後で貸すから、今は待っ――」

 ドァバァァァァンッ!!

 スマホを巡り、じゃれ合う猫のように取っ組み合っていると、唐突にそんな轟音が店内に鳴り響く。
 私を含め、店内にいた全員が音の方を向くと、威嚇的なサングラスを装着した柄の悪そうな三匹のリザードマンが、木製のドアを蹴破って店内に侵入していた。

 間もなく、店の奥に行っていたアンが慌てた様子で現場に駆けつける。

「ちょ、ちょっとゲーターさん! 何してるんですか!?」

 ゲーター、恐らくは真ん中に立つ一番大柄なやつの事だろう、彼はサングラスを少し下げて、怯えた様子のアンに詰め寄った。

「おうおう、誰かと思えばアンちゃんじゃねぇかよ! 悪ぃな、わざとじゃねぇんだが壊れちまったみてぇだ、ギャハッハ!!」

「アヒャヒャッ!! アニキ、冗談きついぜッ!!」

「明らかに嘘だってわかる嘘を平然と言ってのける――そこに痺れる憧れるゥ!!」

「おい、うるせぇぞてめぇら!!」

 店にいる私たちの動揺をそっちのけで、馬鹿騒ぎをするゲーター一行。
 客にはヒソヒソと話す者もいて、その会話がふと私の耳に入ってきた。

(お、おい……ゲーターってこの辺を仕切ってるっていう……)

(あぁ、クルール組の次の組長だって噂だぜ……)

(なんたってこの店に……おりゃただ飯食ってただけだぞ……!)

(こんな所にいられない! 私は帰らせてもらう!)

 フィクションあるあるのモブ会話助かる。(なんか一個聞き覚えあったような……)
 どうやらこの世界のスジモンみたいなものだろう、私たちはここにいても平気なのだろうか……?

「お、お金はこの間全部払ったでしょ! これ以上何を……」

「あ〜それなんだがなぁ……組のモンが計算間違っちまったみてぇでよ、利子がすっぽり抜けてたみてぇなんだわ」

「なっ!? そんなわけないわっ!! だって――キャ!?」

 一方的な要求に突っかかったアンの胸ぐらを、ゲーターが片手で軽々と持ち上げる。
 アンはジタバタと踠くが、その怪力に為す術もない様子だ。

「う、うちには、もうそんなお金は無い――ぐっ……」

「そうは言っても、借りたもんは返してもらわねぇと、うちも困っちまうんだよなぁ!!」

 ヒートアップする二人に気押され、一歩も動けない私。
 しかし隣にいるユニは、至って冷静な表情で、水を飲みながらその様子を眺めていた。

(ちょっ、ちょっとユニ! どうしようこれ……助けた方がいいよね……でも私――)

「おぉ! それは名案じゃな!」

(ちょっ――!?)

 小声で話しかけたのに、普通よりちょい大きめの声量で返され、焦り散らかす私。

「これから勇者として、あんなトカゲよりも強い相手と戦っていくのじゃ、お主でもわかりやすく言うとここがチュートリアルという事じゃな」

「そ、そんなこと言ったって私武器とか――」

「おい、お前ぇらこの辺じゃ見ねぇ顔だな」

「――へ?」

 ユニとあーだこーだやっていると、いつの間ニにかゲーターが私たちのテーブルの前まで来ており、その手には依然アンを掴んだままで、彼女は苦悶の表情を浮かべ、どうにか解放されるべく、ぽかぽかとゲーターの腕を叩いている。

「ほほぉ、ちょうどいい相手じゃなぁ〜、なぁそう思わんか祭莉よ」

「ソ、ソウデスネー……」

 カタコト日本語で同意し、へへへっと引き攣った笑みを浮かべて、ゲーターを見上げてみると……めちゃめちゃ怖いお顔が私を睨み付けていた。
 あれかな、アリとかから見るトカゲってこんな感じなのかな? もうこんなのティラノサウルスとかスピノサウルスとかの肉食恐竜じゃんね。

「そこのちっこいの、お前ぇさっきオレのこと“トカゲ”って言ったか?」

「そんな事はどうでもいいじゃろ、それよりもその娘をとっとと離せ」

 彼女は自分よりはるかに大柄なゲーターを前にしても怯まず、だんだんぐったりとしてきたアンの解放を要求する。
 だがその態度が気に入らなかったのか、頭に血が上ったゲーターは全身を震わせ、激昂した眼差しで大きく振りかぶり……そして――。

「ぐぎぎぎぎぎ……ッ!! 舐めた態度取りやがって――ッ!! そんなに返して欲しかったら返してやらァァァァ!!」

「キャアァァァア――ッ!!」

 ユニの方目掛け、手に掴んだままのアンをまるでボールでも投げるように、軽々と投げつけてきた。

「あ、危ない――ッ!!」

 それを見て、私の体が咄嗟に動く。

 飛んで人を受け止められる自信なんて全くないし、失敗したら私も怪我をする。
 そんな理屈なんて加味しない脊髄反射で、綺麗に射線上に出てしまったのだから、もしかしたら私は根っからのヒーロー気質だったのかもしれない。

 間もなく、アンの身体が私の胴体に衝突し、その衝撃が内臓に鈍く伝わってくる。  それに抗うフィジカルを持ち合わせていない私のか細い体が、そのまま同じベクトルに飛びそうになる――が、背中に柔らかいクッションのような感触に支えられ、少しよろめいただけで、アンを見事キャッチすることに成功した。

「え、えっ? 私、受け止めたの……?」

「半分はわしじゃがな」

 ユニの方を見やると、何かしらの魔法を使ったのだろう、突き出した左手の前に淡い光の塊が展開されており、私たちを包み込んでいた。

「はっはは……そりゃどうも……ってそうだアン、大丈夫?」

「ケホッ、ケホッ……祭莉……ちゃ――」

「アンッ!!」

 腕の中のアンから、ふっと力が抜ける。
 幸い息はしているようで、ただ気絶しているだけのようだ。

「こんなのひどい! あんただけは絶対許さないから!」

「許さないだァ? こっちは被害被ってんだよ!!」

「ア、アニキ……流石にアンちゃん怪我させるのはヤベェですって……」

「それは痺れないっす……幻滅っす……」

「ちっと黙ってやがれッ!!」

 ゲーターが入り口に立っていた取り巻きに罵声を飛ばして揉めている。
 それを尻目に私はユニに耳打ちをする。

(ねぇ、なんか私でも使える魔法とか無いの? 教えてくれるって言ってたじゃん!)

(なんじゃお主、考えなしに喧嘩をふっかけたのか……)

(最初はユニでしょ!)

(まぁ……わしももう少し穏便に済ますべきじゃったかの……反省反省。では“変身”でもしてみるか?)

「へ、変……身――?」

 幼稚園生の時の将来の夢が変身ヒロインだった私にとってその単語は、何か心踊る物を秘めており、思わずオウム返ししてしまう。

「さ、手を取るといい――新たな勇者よ」

 ユニがそっと手を差し出して来る。
 ふと彼女の顔を見ると、こんな状況だと言うのに、太陽のように明るい表情だった。
 私にできるかなんてわからないけど、その顔を見たらなんだかできちゃう気がして、私はその手を力強く握りしめた。

「何コソコソしてやがる! 旅人だろうとシマのルールにはしたがって――なッ!?」

 刹那。ユニの身体から眩い光が溢れ出し、私の視界を真っ白に染め上げる。
 反射的にギュッと瞑った目を、恐る恐る開くと、そこにユニの姿はなくなっていた。

「ゆ、ユニ……?」

『なんじゃ?』

「ひゃぁっ!? ど、どこにいるの?」

『普通にお主が“持って”おるじゃろうが』 

「え?」

 言われて覚えのない重量を感じる両手を見やると、そこにはフェスタの屋上で見た杖がしっかりと握られていた。

『ふっふっふ、これで立派な魔法少女じゃな〜、その服もなかなか似合っておるぞ?』

「へっ? もぉ〜何したの……って、何これッ!?」

 再び言われて服も確認すると、なんかいつもと違う感じになっているではないか!  お気に入りのピンクの法被やセット買いしたお洋服の名残を配色などで感じはするものの、冒険者の装備のようなファンタジックなデザインに様変わりしていたのである。

「こ、これって……」

「まぁ、お主の初期装備じゃな、どうじゃかっこいいじゃろぉ〜」

「う、うん……! すごくかっ――」

「いつまで喋ってやがるんだッ!! そっちがこねぇならこっちから行くぞッ!!」

 私がミラクルチェンジに感動していると、ゲームやアニメのように律儀に待ってくれていたゲーターが、流石に痺れを切らして私たちに殴りかかって来る。

「わっ、ちょちょっとタンマ! まだコマンドとか聞いてないんですけどッ!」

 咄嗟にパンチを回避しようとする私だったが、そこで今までの人生で感じたことのない違和感を覚えた。

(ゆっくり……見える……?)

 なんとゲーターのパンチが、まるでスローモーションのように見えたのである。
 ゆっくり動く世界の中、私だけが普通の速さで動けている、そんな中でパンチを避けるなんて造作もなく、私は戸惑いながらも、そろりそろりとゲーターの後ろまで避難した。

「何ィィィィッ!?」

 そして時が普通の速度に戻ると、盛大に空振ったパンチでバランスを崩し、そのまま正面の机に突っ込んでしまった。

「い、痛ェ……何がどうなってやがる……」

「ア、アニキがこけたッ!?」

「こ、こいつただもんじゃねぇッ!!」

 取り巻き達のそんな戦慄が、入り口の方から聞こえる。
 なぜ怖がられてるのかと不思議になるが、確かに今の私って結構やばいやつかもしれない、なんだか異世界無双の予感をひしひしと感じずにはいられないね!

『またバカな事を考えておるのか? それより今がチャンスじゃ! さっきやろうとしてた“アレ”やってみたくはないか?』

 そういえばユニが杖の時は、私の思考が筒抜けなんだった……彼女と一緒にいる間は私にプライバシーはないのだろうか……?

「アレ? って……どれ?」

『ほらわしがお主にお見舞いした雷の魔法じゃよ!』

「あ〜アレね、失敗しちゃったけど今ならできるの?」

『オフコースじゃ、ほれ杖の先に意識を集中させるのじゃ!』

「や、やってみるね……集中集中――」

 言われた通り、杖先に意識を集めて、あの時の事を思い浮かべる。

 イメージするのは、青白い雷――。
 さっきは感じなかった魔力を、今度はしっかり全身で感じて杖にそのまま流し込む。

『おぉ、初めてとは思えんぞ! バッチリ魔力が溜まって精霊たちもピンピンしとる!』

 杖の周囲には、庭園で見た光の玉のように見える雷の精霊たちが、互いに静電気を発生させて、臨戦体制という具合だった。

『よしっ、ではやつに一発お見舞いしてやれッ!!』

「う、うん……えっと技名は……あっ」

 多分技名とかは必要ないんだろうけど、なんか気分的に高らかに言いたかった私は、貧弱なボキャブラリーに検索をかけて、ちょうど良さそうな単語を叫ぶ――。

「青雷《せいらい》――ッ!!」

 そう告げた瞬間、杖に集まっていた精霊がゲーターの頭上に輪を形成し、高速で回転して“青雷”の名にふさわしい青白い閃光を発生させる。

 ドガッシャァァン!!

 そして私の想像よりはるかに強力な轟音と衝撃を伴った青い落雷が、やっとの思いで立ち上がったゲーターの脳天に直撃する。

「アギャギャギャガガガガガッ!?」

 ギャグ漫画でよく見るような、レントゲン写真のように骨が透けて見え、数秒間の電撃が止むと真っ黒になったゲーターが、その場にばたりと倒れる。

 私が受けた電撃は、だいたい静電気の痛みを二倍くらいにした痛さだったのだが、目の前に横たわるゲーターのサングラスは砕け散り、丸焦げになった体からはぷしゅ〜っと煙が上がり、どこからその毛が生えてきたの不明だが、アフロが頭の上に乗っており、如何にユニや精霊たちが私に対して手加減してくれたのかを身をもって思い知らされた。

「「ア、アニキィィィィ!!」」

 リーダーが倒され、慌てる取り巻きが駆け寄りって、彼の体を必死で揺らしている。

「ね、ねぇユニ……私、〇っちゃってないよね……?」

『この世界の住人なんじゃ、この程度じゃくたばらんよ、ほれ』

 しばらくすると、ゲーターが両手でバッテンを作って、取り巻きに戦闘不能の意思を伝えていた。

「きょ、今日の所はこの辺で勘弁しといてやるッ!!」

「お、覚えてやがれぇ〜ッ!!」

 取り巻き達がザ・小物と言った感じのセリフを吐き捨て、ゲーターの腕と足をそれぞれ担ぎ上げ、そそくさと店の外へと逃げ出して行った。

「ふぅ……なんとかなったぁ〜……って、ぁんあ!?」

 危機をなんとか乗り切った私がその場でへたり込むと、突然体が光に包まれた。
 また恐る恐る目を開けると服は元に戻って、目の前にはユニが勝ち誇ったような若干むかつく顔で、こちらを見下ろしていた。

「へっへ〜、口ほどにもない奴らじゃったな! この調子なら余裕で――うわっ!?」

 ユニのこれまた小物のようなセリフを遮ったのは、デラックスバーガーを頬張っていたオークの女性だった。

「あなた達すごいのネェ♡ すっごくかっこよかったわよんっ♡」

 それを皮切りに店内に歓声が巻き起こり、皆口々に私たちの行動を讃えている。

「すげぇな嬢ちゃん! 俺っち感動したよ!」

「もしかして名の知れた冒険者とかか? サインくれよっ!」

「おねぇちゃん、かっこよかった〜」

 興奮するモンスター達に囲まれ、戸惑いながらもへへっとうすら笑いを浮かべる。

「ど……どうもぉ〜……」

 気の利いたセリフが思い浮かばず、震える声でぼそぼそと呟く。
 あ、こんな発言をすると、きっとユニにこう言われるに違いない。

「「陰キャちゃん」でしょ?」

「え?」

「ふふっ、絶対言うと思った。この“のじゃロリ”」

 突然ハモって困惑するユニに私は、いつも心の中で言っていたあだ名をぶつける。

「ん、なんじゃ? 絶対よからぬ意味じゃろ、どういう意味じゃ!!」

「へへっ、教えなぁ〜い♪」

 私はなんだか勝ち誇った気分になり、モンスター達をなだめつつ、傍に寝かせていたアンの元へと駆け寄るのだった。

to be continued.

オリオン・ファンタジア

栃木県宇都宮市に暮らす青乃祭莉(あおのまつり)は、いつの日か輝くスターになる事を夢見て、日々動画投稿に取り組むが思うような結果を出せずにいた。
いつものように宇都宮フェスタに遊びに行ったある日、ひょんな事から迷い込んだ異世界で、杖の精霊であるユニ・オリオンと出会う。
悪の権化たる魔王の謀略を阻止するべく、祭莉とユニの冒険が今、始まる――。

第一話『急降下するプレリュード』 第二話『杖の精霊』 第三話『青雷の旅人』 第四話『赫い光』