オリオン・ファンタジア

第四話『赫い光』

「本っ当に助かったわ!! まさか祭莉ちゃんがすごい魔法使いだったなんて!」
「いやぁ〜それほどでもぉ〜」

 あの後、気を失っていたアンはすぐに意識を取り戻した。
 私やその場に居合わせたお客さんたちで、話に若干の尾ひれが付きつつも、アンに事の次第を説明すると、彼女は目をキラキラとさせて私を褒めちぎってくれていた。
 ここまで褒められた事なんて、小学校のプールの授業で、顔を十秒付けていられた時くらいなものだから、私はすっごく気持ちよくなってしまっていた。
 一方――。

「すごいのぉー、魔法使いの祭莉ちゃんはさすがじゃのぉー」

 ご機嫌な私とは対照的に不機嫌そうなユニが、両方のほっぺたを持ち上げてこちらをギロっと睨み、ブツブツと何かを言っている。

「こんのオタクちゃんめ……ちょっと褒められたくらいでいい気になりおって……半分くらいはわしのおかげなのに……」

 そんなユニのいじけるている様子を見ていると、なんだか体の内側から、何か邪悪な気持ちが湧き上がってくる感覚を感じた。
 私はそれに抗えず、ニヤニヤと自分でもむかつきそうな薄ら笑みを浮かべて、テーブルに座るユニに歩み寄る。

「あれあれ〜ユニちゃん、な〜にむくれてるのかな〜?」
「別にむくれてなどおらんっ」

 そう言ってちっちゃなお顔をぷいっ。
 あ〜もぉ可愛いなこの子は、もう少しだけ踏み込んじゃおうかな……。

「へっへ〜またまた〜、ほら可愛いお顔が台無しだZE☆」

 そう言ってほっぺをぷにっ♪
 私の人差し指が柔らかい柔肌に埋まった。まるでかわいい赤ちゃんに触っているような幸福感があり、続け様にぷにぷにしてしまう。

(ピキッ)

 幾度目か指が触れた瞬間、ほっぺが引き攣りどこからかピキった音が聞こえた。
 あれ、やりすぎちゃったかな……? そう思い恐る恐るユニの顔を覗き込むと、予想に反して、ニッコニコの笑顔であった。

「そうじゃなぁ〜、わし可愛いから。ニコニコしておらんとな」

 語気を強めて言ってくる彼女の気迫に、私は思わず一歩後退する。

「それでアンよ、わしらの注文はこれから作るのか?」
「あっ、ごめんなさい! 私すっかりはしゃいじゃって……」

 さっきの一件で完全に頭から抜けていたのか、アンが慌てた様子で鴇色のかわいいエプロンからメモを取り出すと、事前に伝えておいた注文を確認する。

「えっと……小さいサイズで二つだったよね?」
「うん、それでお願い〜」
「承りました〜♪ ごめんね、もうちょっと待ってて〜」

 アンが仕事のため再び厨房の奥へと戻ると、それに倣ってか私を賞賛してくれていたお客さんたちも徐々に自分のテーブルに戻っていき、私の周りは随分と静かになった。

「さて、わしは少しアンを手伝ってこようかの」

 そう言いながらユニが椅子から立ち上がる。

「ん、なんで?」
「ほら、いくら元気そうとはいえさっきまで気絶していたのじゃ、色々と危なかろう」
「あ〜確かに、じゃあ私も行くよ」

 ユニに賛同し、私も手伝うべく立ち上がろうとするが無言でユニに肩を抑えられる。
「何するのさ」
「まぁ待て、お主さっきの一件で疲れたじゃろ、ここは任せてゆっくりしておれ」
「いやでも……それはユニもじゃ……」
「おいおいわしは杖の精霊じゃぞ? あの程度朝飯前じゃって」

 正直今日が初対面で、杖の精霊がどれだけすごい存在なのかよくわかってないが、ファンタジー的に考えてきっとすごいんだろう、それこそお店に入る前にゴブさんがふと言っていた“伝説の賢者”的な感じで。
 実際、杖に変身できたり、私の服を異世界仕様にミラクルチェンジできたり、吹き飛ばされた私とアンを魔法で軽々受け止めたりと、この数時間お世話になりっぱなしである。

「まぁ、そう言う事ならそうするけど……」
「うむ、しばらくスマホでもいじっておるといい」

 なんだか釈然としないがうまいこと言いくるめられて、ユニは宣言通り厨房へとトテトテ歩いて行ってしまった。一人テーブルに残された私は少しだけスマホをいじっていたが、圏外の状況下でやること尽き、ただ目の前に広がる非現実を眺めて待つことにした。
 私の視線の先ではさっきの騒動なんて嘘だったかのように、モンスターたちが食事と談笑を楽しんでいる。
 初めて魔法を使ったりなんだりしたが、まだこれが夢なんじゃないかと疑っている。
 多分絶妙にキモくないレベルで、ニマニマしてながら店内を見回していると、視界の端から漆黒の体毛に身を包んだ狼が、こちらに近寄って来た。

「えぇ〜何この子かわいい! こんにちはぁ〜」

 青乃祭莉、生粋の犬派。これはモフらねば……。
 私の前にお座りしたイッヌを撫でるべく、低く屈んで手を伸ばしたその時――。

「こんにちは旅人のお嬢さん、ちょっとお話いいかしら?」

 なんとイッヌから、大人びたお姉さんのボイスが聞こえるではないか。

「しゃ、喋った……?」
「そりゃ私も生きているのだから喋るわよ、あなただってそうでしょ?」
「そ、それはそうですけど……」
「そう警戒しないで、私はマーナ。単にさっきの魔法について話したかったのよ」
「あぁ、なるほど……私は祭莉。よろしく」

 ぎこちない挨拶をするとマーナさんが右前足を出してきたので、その手を取って握手。
 その際に触れた肉球がぷにぷにで柔らかく、一生触っていたかったが流石にやめた。

「早速だけど、さっきのって雷属性の“精霊魔法”でしょ? “魔力回路”で“エーテル”が作れるなんてなかなか珍しい特技ね」
「ん、ん?」

 え、なんて? 魔法は魔法じゃないの? それに魔力回路だとかエーテルだとか初出単語が多すぎて何がなんやら……。
 さっきは“魔法使い”だとか言われて舞い上がっていたが、知識がある人とエアプで話す時ほど苦しいことは無い、ここは早急に自白するか……。

「えぇっと……実はさっきのが人生初魔法でしてぇ……」
「え、初めてだったの? とてもそんな風には見えなかったけど……」
「なんか言われるがままやったらできちゃった……的な」

 私のカミングアウトを聞いて、マーナさんは目を見開き二の句が継げないといった様子だ。
 あれ、これって俗に言う「またオレ何かやっちゃいました?」の状況じゃないか?
 もしかして私、いつの間にか無自覚系主人公ルートに入ってたりするではないか?

「ふぅ〜ん、初めてであの威力……魔力量がよほど多いのね、あなたギルドのクエストでも受けてみたら?」
「これは異世界で無双しちゃう予感が……へ、クエスト?」
「無双……? まぁいいわ、クエストとはおつかいみたいなものよ。このお店も小さいけどギルドの支部だからクエストが受けられるの、ほらあそこにボードがあるでしょ?」

 言われて店の奥、丁度厨房の隣に木製の掲示板が確認できた。
 二人でその掲示板に近付いてみると『小さい』という言葉通り、ファンタジーで見るような依頼書で埋め尽くされる掲示板ではなく、依頼書が数枚貼り出されている程度の規模であった。

「えっと……実は恥ずかしながらこの世界の文字が読めなくてですね……」

 例に漏れず張り紙に書いてあるのは異国の文字。もう若年天才解読者の夢を諦めている私は、マーナさんに翻訳をお願いする。

「あら、そうなのね。どれどれ……環境調査に物資輸送の手伝い、それと薬草採取ね」
「ほ、ほぉん……」

 どれもこれも村クエ星一のめんどくさいキークエみたいで、少し肩を落とす。
 なんかもっとこうスライム討伐! とかそんな感じのを想像してたのに……。
 でもこの世界ではスライムも普通に暮らしてるのだから、討伐なんてした日には指名手配犯として異世界でお尋ね者になってしまう事だろう。

「私、この薬草採取に行こうかと思うのだけど、良かったら祭莉も一緒にどう?」
「行きましょう キリッ」

 とはいえ、どんなゲームでも最初はこんな感じの初心者クエストをこなすものだ、私もその受け継がれた伝統に則って初陣を果たそうではないか。

「いい返事ね、そういえば一緒にいた金髪の小さい子はどうしたの?」
「あ、そういえば――」

 マーナさんの言葉でユニの存在を思い出し、クエストボードの隣にある厨房を覗き込もうとした瞬間。

「祭莉ちゃんお待たせ〜、んしょんしょ……」
「げっ、なんじゃありゃ……」

 出来立てほやほやのバーガーを持ったアンが姿を表した。
 しかし彼女が持つ木製の皿に聳え立っていたのは、この店に入った時にオークのお姉さんが元々大きな口をあんぐりと開けて齧り付いていた、この店の主力バーガーをただ上に重ねて悪魔合体した全七段にもなるカロリーの塔、デラックスバーガーだった。
 テーブルへと運ばれるそれに唖然としていると、厨房から自分用のミニサイズバーガーを食べながら出てきたユニと目があう。
 こちらを見ている彼女の表情は、ゲス一色に染まっていて「してやったのじゃ!」と言わんばかりだった。

(ユニッ、謀ったなユニッ!)
「ほら祭莉ちゃん! 冷めないうちにどうぞ〜」

 まだクエストボードの前に立ち尽くす私をアンが呼んでいる。

「う、うん……今行くよ……」

 渋々とテーブルに戻る道すがら、後ろを歩くマーナさんがこんな事を言い出す。

「祭莉ってば、意外にも大食いなのね」
「そんなわけないよぉ……とほほ……」
「あぁ……そうなのね、なんかごめんなさい……」

 何かを察したのか、マーナさんはそれ以上何も聞いてこなかった。
 程なくしてテーブルに到着し、間近でデラックスバーガーと対面すると、その圧倒的な物量に圧倒される。
 テーブルに乗っている状態で、私の身長とほぼ同じくらいの高さあるんですけど?
 これってテレビで大食いタレントが悶絶しながら食べるやつじゃないの?

「ユニちゃんから聞いたよ〜? 祭莉ちゃんってば、本当はいっぱい食べるのに恥ずかしがって小さいの注文したって、これは私からのお礼だからいっぱい食べてね!」
「そうじゃそうじゃ! 我慢はよくないぞ? 若い内にじゃんじゃん食わんとな! わっはっは!」

 引き攣った表情で席についた私に、アンの後ろに隠れながらやいのやいのとヤジを飛ばしたユニが、勝ち誇ったように高らかに笑う。

「ほら祭莉、早く食べないと日が暮れてクエストに行けなくなるわよ?」
「うぐぐっ……頑張るしかないか……」

 ふっくらとしていて大きなバンズ。肉汁をこれでもかと溢れ出させる分厚いパティ。とろとろになって横から滝のように流れ落ちるチーズ。
 あれ、なんだかじっと見てたら案外行けちゃいそうな気がしてきたぞ?

 ぐぅぅぅぅ〜……

 ほら、お腹も行けるって言ってる。
 気が変わらない内に、一番上の段を一口食べてみる。
 うん、これはうまい。
 バンズからはみ出るほど大きなパティに、濃厚なチーズが絡んでこの絶妙なこってり感がクセになりそうだ。
 しかしそこに一工夫か、みずみずしいレタスが脂っこさを相殺して、二口、三口と食べる手を止めさせず、あっという間に一段目を完食してしまった。

「いい食べっぷり〜、美味しそうに食べてくれると嬉しいわ♪」
「むむっ、そんな余裕そうに食べられては仕返しにならんではないか……!」

 続いて二段目をむしゃり。
 こ、これはっ!
 食べた瞬間、口に広がったのはすっきりしたレモンの風味。
 ザクっという食感のクリスピーチキンが、噛み締めるたびに肉汁を口に溢れさせるのだが、それと塩レモンソースが奇跡の調和を引き起こして、まったく胃もたれしない。
 かなり好みの味だ。食欲が余計に増してしまい、二段目も難なく完食。
 さて次の段はなんじゃろなと手を伸ばそうとした時、結構早く異変は訪れた。
 視線が一点に集中して動かせないのである。

「ね、ねぇどうしちゃったのかしら……? 動きが止まったみたいだけど……」
「聞いたことがあるわ、どんなにはらぺこで短時間に詰め込めたとしても、いつかお腹がキャパオーバーしている事に気がつくって……」
「ま、マーナちゃん……それはつまり……」
「祭莉の限界が近い――ということよ……!」
「そ、そんなっ! だって祭莉ちゃんは大食いで――」
「アン、いつから祭莉が大食いだと錯覚していたのかしら? 彼女は一言もそんなこと言ってないわよ」
「そ、そんなっ! 祭莉ちゃん、祭莉ちゃぁん!!」
「ふ、ふぁい……」

 遠くでアンが私の名前を呼んでいる気がする。
 その時私の意識は、はまるで溢れ出す肉汁の海に沈んでいくような感覚に陥って、ちゃんと返事ができているか自分ではわからなかった。

        ◇

「アニキっ! もう少しでアジトに着きますぜ!」
「しっかりしてくだせぇ!」

 まだ日中だというのに薄暗い路地裏で、祭莉にこっぴどくやられたゲーターを支えながら取り巻き二人がふらふらと歩いている。

「あぁ、悪ぃな……しくじっちまった……」
「謝らねぇでくだせぇ、でもあのよそ者は一体何者だったんでしょうか……?」
「この辺じゃ見ない顔だったすが――」

「――その話、詳しく聞かせてもらおうか」

 突如後方からかけられた問いかけに、三人がピクりと立ち止まる。
 ゲーターがギロリと声の方を見るとそこには、プラチナブロンドの髪の下に、鋭い眼差しを覗かせた青年が腕を組んで佇んでいた。

「何者だお前ぇ! いきなり声かけられたらびっくりし――アニキ?」

 取り巻きの一人が食ってかかろうとするが、ゲーターがそれを静止する。
 そしてさっきまでの弱った顔ではない、至って真剣な面持ちで青年に声をかけた。

「よぉ、確か……アダムさんだったな、見ての通りあんたの依頼の帰りさ」
「あなたほどのモンスターが、ひどくやられたようだな。さっきのよそ者の仕業か?」
「まぁな、青髪の魔法使いと金髪のチビの二人組で、金髪の方が杖に変化しやがったんだよ。ありゃ精霊とかそういう類の存在だろうさ」
「杖に変化……理解した。可能ならその金髪の娘を捕らえてきて欲しい」
「了解だ。前金はたんまり貰ってるからなぁ、こんな怪我なんざ屁でもねぇぜ」

 さっきまで痛そうに取り巻きの肩に捕まっていたゲーターだが、アダムに見せつけるように腕をぐるぐるして見せる。

「そうか、では頼む――」

 そんなゲーターの様子を一瞥し、アダムが路地裏の闇へと消えていく。

「うぐっ……痛ってぇ……」
「「あ、アニキッ!?」」

 アダムが行ったのを確認すると、ゲーターが傷を押さえてその場にうずくまる。

「こうでも言わねぇと、仕事が無くなっちまうからな……今組には金がいるんだ……どんなやばい奴が相手であっても取引を選んでいられる余裕は無ぇんだ……」
「で、でもアニキがッ!!」
「もうボロボロっすぅ〜!!」

 涙を浮かべる取り巻きの頭に優しく手を置く。

「馬鹿野郎、漢が人前で泣くんじゃねぇよ……おしっ、一度アジトに戻って傷を癒すぞ」
「「へ、へいっ、アニキッ!!」」

 再び三人はゆっくりと歩を進めるのであった。

        ◇

 あれから少し経ち、私は約束通りマーナさんと、街外れの草原にやってきていた。
 ちなみにデラックスバーガーのお残しは、私が気絶している間にオークのお姉さんが平らげたらしい。オークの胃袋ぱないね。
 そして今回の初陣の目的は、背負ったかごいっぱいに薬草を採取してくる事。
 ゲームとかだと何個納品って感じだけど、リアルにやるとなるとこうやって、かご一個分とか重さで換算みたいなのが一般的なのだろうか?
 あ、ちなみにユニは歩くのが面倒臭いだとかで、杖の姿に変身して異世界仕様の装備になった私が背負っている。
 なんでもこの格好でいると、ユニの加護で身体能力や防御力が上がるらしく、街を出る前に半強制的に着替えさせられたのだ。
 まぁ、この格好なかなか気に入ってるし、動きやすいからもうずっとこのままでいるために、ぜひユニには常時杖の状態でいてもらいたい……な〜んて考えていると――。

『おうおう、わかってきたではないか、わしが文句言い出すと思ったんじゃろ?』
「はい、ごもっともです……」

 この状態のユニには、私の思考が全部筒抜けなので、それはやっぱりやめておこう。

「祭莉、そろそろ着くわよ」
「は〜い。ところでマーナさん、その刀かっこいいね!」
「あ、これ? ふふっありがとう、私の相棒なの」

 護身用だろうか、マーナさんは体の左側面に一振りの刀を携えていた。
 毛並みと同じ漆黒の鞘には、純白に輝く月の模様が刻まれており、なんだか並々ならぬこだわりを感じる一品である。

「私、昔は剣士だったのだけれど、数年前にパーティメンバーと疎遠になっちゃってからは、こうしてのんびり採取クエストを専門に受けるようになったのよ」
「へぇ〜、てことは討伐系のクエストも昔は受けてたって事?」
「えぇ、第四世界の凶暴化したドラゴンを撃退したりとかね……さ、着いたわよ」

 あっという間に目的地に到着したらしく、マーナさんが立ち止まる。
 そこは草原と森の狭間のような場所で、様々な植物が生きる豊かな場所だった。
 確かにここならば、目的の薬草も見つかりそうな気がする。

「祭莉、今回私たちが探すのは昔からきず薬として使われている薬草でね、日陰に自生してて、鮮やかな緑色が特徴なの」
「ほ、ほぅ……?」
「百聞は一見に如かず、ね。えぇっと……あった、ほらこれよ」

 百聞は一見にしかず、頭にハテナを浮かべていた私を見て、マーナさんがその場で鼻をクンクンさせると、程なくして耳がまるでセンサーのようにピーンとなって、見つけた件の薬草を口で器用に採取し、尻尾をふりふりさせながら私の元へと持ってきてくれた。
 その様はまさにイッヌだった、狼だと頭では理解していてるのだが、これはどう見てもフリスビーを取ってきたイッヌにしか見えない!
 モフっちゃおうかなぁ……いや我慢だ、マーナさんだって真剣に教えてくれているのだから、そんな邪な感情はデリートしないと……。

〈モフったら痴漢じゃぞー〉
「しないってばッ!」
「祭莉?」
「あぁ、ごめんごめん! 了解しました隊長! 青乃祭莉、全力で探して参ります!」
「ふふっ、日が暮れる前に終われるように頑張りましょうね」

 なんとか誤魔化して互いに目当ての薬草を探し始める。

「もぉ〜、ユニが変なとろこでツッコんでくるからぁ」
〈あぁ〜知らん知らん、ほら無駄口叩いてないでちゃっちゃと探さんか、ほれさっき右側に何かあったぞ?〉
「おっ、これは……」

 ユニに言われた方を見てみると、茂みの影に黄緑色に光るキノコが生えていた。

「……なんかこれ、鮮やか通り越して発光してない……? てかキノコだし」
〈じゃな……さすがにやめておくか?〉
「う〜ん……でもこれを食べたらスマホとかの充電が回復したりしそうな予感がするんだよねぇ……よし、とりあえず目的のものでは無いけど後でパラメ……マーナさんに聞いてみよう」

 目的の薬草では無いが、きっと有用なものだと信じてかごに入れる。

「よぉし、この調子でじゃんじゃん探していこう!」

 そこからはまさに想像していた通りの探索がスタートした。
 私はクエストそっちのけで、見たこともない植物たちを採取して回る。
 青くておいしそうなキノコ、真っ赤で攻撃力が上がりそうな種……。
 もう目に入るもの全てが目新しくって、何でもかんでもかごに詰め込んでいたら、すぐにいっぱいになってしまい、ウキウキでマーナ隊長に成果報告をしに向かった……が。

「ねぇ、祭莉? 私ちゃんと薬草を採ってきてってお願いしたわよね?」
「はい……マジすんません……」

 こっぴどく叱られてしまった……。

〈まったく……自業自得じゃぞ〉
「はい……ごもっともです……真面目に採取してきますぅ……」

 かごを取り替えて、再度さっきまでいた採取ポイントにそそくさと戻る。

「とはいえ……この辺は大体探し尽くしちゃったんだよねぇ……」
〈ふむ……ではもう少し奥の方に行ってみるか?〉
「だね、こんな序盤クエみたいな内容の場所だし、やばいやつは流石に出ないでしょ」

 まぁ忍び寄る気配的な一部例外もあるが、あんなことは滅多にないだろう。
 ほらあれだよ、雷が自分に落ちる確率とか、隕石が降ってくる確率とかそんな感じ。
 大丈夫、きっと大丈夫……フラグ回収にはならないはず……そう信じて私は森の中へと足を踏み入れた。
 そこはさっきまでの明るい草原とは違い、全体があまり日が差し込まないため、ここならかごいっぱいの薬草も簡単に見つけることができそうだ。

〈ついでにおばけでも出てくるのではないか?〉
「本当に出てきちゃったらどうするのさ! お、あったあった……ていうかおばけって魔法効くの?」

 そんな無駄口を叩きつつ、今度は真面目に薬草を採取していく。
 マーナさんの説明通りお目当ての薬草は日陰にたくさん自生しており、結構順調に目的の数が集まっていた。

「へっへぇ〜もうちょっとでいっぱいになりそうだねぇ〜」
〈楽なクエストじゃったな〜これは本当に何か出てきてくれないと手応えないの〜〉
「だからそういうこと言うと――」

 ガサッ……ガシャン……

 そんな事を言っていると不意に茂みから音がする。

「……ほ、本当になんかいるって!」

 草木が揺れる音の奥で微かに金属質な音が聞こえて、私の不安は最高潮に達していた。

〈ま、まさかまさか……聞き間違いじゃろうて……〉

 ガタン……ガサガサッ……

「ほ……本当になんかいる……よね?」
〈い、今のは流石にわしも聞こえたわ……見にいってみるか?〉
「いやいやいや、マジでヤバいやつだったらどうす――」

 その瞬間、音のした茂みから黒い影が飛び出した。
 その影の上部には一つの赫い光が灯り、こちらをじっと凝視しているようだった。

「えぇっと……モノアイ的な……? もしかしてロボット……とか……?」
『魔力反応ヲ感知。対象ノ捕獲ヲ実行――』

 人の声とは違う電子音声が黒い影から発されると、赫い光をこちらに向けたままゆっくりこちらに近づいてくる。

〈祭莉、なんだかヤバいぞッ! 早く逃げるのじゃ!!〉
「い、言われなくてもそうするよッ!!」

 迫り来る危険に肌がひりつく感覚を感じ、私は回れ右して逃げ出した。
 すると急に走り出した私を認識してか、黒い影がまた何かブツブツ言い出した。

『対象ノ逃走ヲ確認。武装システムオンライン。対象ノ追跡ヲ開始――』

 電子音声が終ると、背面のスラスターからジェットを噴射して、さっきまでの比じゃない速度で私を追いかけてくる、そして――。

〈祭莉ッ、危ない!!〉
「きゃぁッ!?」

 突如背後で地面が爆発し、私はその爆風で森の外まで吹き飛ばされてしまう。
 ユニが咄嗟に展開したバリアのおかげで、その衝撃は防がれたものの、凄まじい爆音と衝撃が森中に響き渡り、薙ぎ倒された木々がその威力は物語っていた。

「ぁ……ぁ……」

 黒い影も森を抜けて、その全貌が露になる。
 現われ出たその姿は、まるでブリキのロボット。
 角ばった無機質なボディには、さっきの爆発を引き起こした弾を発射したであろう砲門が露出しており、両側にアンテナがある頭部の中央には赫いモノアイが私を睨んでいる。
 すっかり怯えて一歩も動けずにいる私のそばに着陸し、再び重い足音を立てながら近付いてくる。

〈祭莉! 何をしておるか!! 流石のわしでもあれを何度も防ぐのは無理じゃ!!〉
「で、でもぉ……足が……!」

 ガクガクと震える足に力が入らず、立ち上がることすらままならない。
 このままじゃまずい――。
 だけど焦れば焦るほどうまく体が動いてくれなかった。

『対象ノ停止ヲ確認。捕獲シークエンス実行――』

 ロボットのアームが私に迫る。
 逃げなきゃ――。
 でも足はちっとも動かない。

〈祭莉ッ! 何しておるッ!!〉
「くっ、動いて私の足ッ!! きゃッ!?」

 そうこうしている内に、ロボットのアームが私の腕をガッチリと掴み、そのまま持ち上げられてしまう。

『捕獲完了。施設ヘ輸送開始――』
「や、やだっ!! 誰か助けてッ!!」
〈くっ、こうなったら一旦変身を解除して――しかし、わしの魔法では祭莉まで巻き込んでしまう……!〉

 絶体絶命ってこう言う状況を言うのだろうか。
 程なくして背面のスラスターに火が灯り浮力が発生する。
 そしてさっきまで逃走劇を繰り広げていた森の奥へと動き出そうとした――その時。

「魔狼刀術――【三日月】ッ!!」

 森とは反対の方向から淡く輝く刀剣を咥えた漆黒の狼が凄まじい速度で迫り、私を掴んだロボットの脳天から地面まで一閃する。
 刹那、その残存した光の筋に沿って、鋼鉄の体が上下にズレてその場で崩れ落ちた。

「へ……? うわうわうわっ!? いでっ!」

 突然浮力を失った私も重力に逆らえず、地面に衝突する。

「危ないところだったわね、祭莉」

 慣れた様子で刀を鞘に納めるマーナさんが、半泣きの私に歩み寄ってくる。

「ま、マーナさぁん……!! ごわがっだよぉぉぉぉ!!」

 絶体絶命が転じて安堵に変わると、ぶわっと涙が溢れてマーナさんに抱きついていた。

「よしよし……もう大丈夫よ」
「ありがとう、マーナ……正直、助かったのじゃ……」

 いつの間にか杖から人の状態に戻っていたユニが、マーナさんにお礼を言っている。  しかしその顔はとてもバツが悪そうだ。

「あれぐらいなんでもないわ、それにしてもこいつは何者かしら……」
〈…………さぁな、わしにはわからん〉
「……そう、でも二人とも無事で本当によかった、街に戻ってギルドに報告しましょう」

 ユニとマーナさんが何か話しているようだが、私の頭はまだパニクって使い物にならない。難しいことは後にして、私はもう少しだけこのもふもふに包まれていよう。

to be continued.