オリオン・ファンタジア

第七話『一人きりの迷宮試験』

 ――二時間前。

 アンに手を引かれた私は、第一世界の冒険者ギルド本部へとやって来た。
 現実世界で宇都宮フェスタがある場所がアンのお店として、オリオンストリートを西へ少し行くと、馬車が往来する【メインストリート】という名前そのまんまの大きな道と交差する。
 そこを左折して南へ十分ほど歩くと正面に見えてくる大きな建物が、それにあたる。
 外観は若干の相違点はあるものの、概ね私達が良く知る市役所その物だ。

 特に正面入り口の壁に添うように設置された筋肉みたい(※個人の感想です)な朱色のモニュメントが、生まれも育ちも宇都宮の私には既視感しかなかった。
(ちなみにこのモニュメントのタイトルは「親和体」と言って、彫刻家・清水九兵衛さんが手掛け、一九八六年に宇都宮市役所の正面入り口付近に設置されたアート作品。タイトルの通りにタイル張りの床を壁に立ち上がらせて、その面に添って横長のフォルムを途中から前面に突き出させて、ステンレススチールの柱によって支える構成とし、フォルムとフォルムの結びつき、馴染みあいを重視した清水さんの作品の中でも、この親和体は作品と床や壁など建物との“一体化”を意図しているらしい。清水さんの一連の作品は京都などに設置してあるらしいので、興味のある方は是非旅行に行ってみるといいかもしれない)  カッコ内で語った内容は、全部このモニュメントの傍に設置されたプレートに書いてあることなのだが、よく「何をモチーフにしているの?」なんて声をSNSで見かけるので、ここぞとばかりに栃木豆知識をひけらかしてみた次第である。

 まぁ何を伝えたいかと言うと、作者の意図を知った上で作品を見ると、作品の良さがひしひしと、伝わって……来る……よね?
 もし私の目が明るい内にこの作品をディスるアンチが現れたら、そいつの耳元でこの作品の意図や良さを延々囁いてやることにしよう。

「なんじゃこの赤いのは……キm――」(※個人の感想です)

「ユニちゃんストーップ! ちょ~っとお口チャックしようね~!! (いいかな? この作品は親和体って言って――)」

「んぐッ!? ん~ん~ッ!?」

 間一髪のところで、言ってはならない事を言おうとした我が相棒の口を抑え込むことに成功し、流行に便乗して自分のチャンネルで公開したら「呪詛」というコメントが大量に付いた、囁きボイスでの作品説明を開始する。
 が、ユニが苦しそうにバタバタしているので、とりあえず強めに抑え込んでいた口を解放すると、ぜぇぜぇと息を荒げて抑え込まれていた心無いアンチコメが飛び出した。

「ぷはっ! き、気色悪いから耳元で囁くな無礼者ッ!!」

「き、きしょ!? ひどぅい……」

 いつもは画面越しからだった匿名パンチを、まさかライフで受ける事になろうとは、これはなかなか心に来る物がある……。
 わ、私だって割と普通に女の子らしい声してるし、親友とカラオケ行った時には無数に存在する十八番(全部アニソン)を調子良くて九十四点くらいは取れるし、年がら年中のど飴を舐めてるし、加湿器だっていつも付けてるし――。

「お、お~い……わしが悪かったから帰ってこ~い」

「……はっ! いげねいげね、危うくお姉ちゃん化するところだったぜ」

 我が姉・妃莉は極度のネガティブ人間であり、一度ヒスってしまうとしばらくこちらの世界には帰ってきてくれない。
 昔は明るく何事にもポジティブで、見ているこっちが心配になるようなふわふわした性格だったのに、大学進学のために家を出てからしばらく連絡を取っていない間に、正反対のネガティブの化身に変わってしまった。
 そんな姉と約二年もの間、一つ屋根の下で暮らしていたから、私の精神も徐々に侵食されてしまったということなのだろうか? まったく末恐ろしい話である。

「二人とも~、早く行こ~?」

「おぉ、今行くのじゃ~。ほれ、お主も行くぞ」

「はぁい……」

 いつもの如く口喧嘩……というつもりは無いのだが、モニュメントの前で足を止めていた私達に痺れを切らしたアンから催促の声がかかり、二人が待つと入口へトボトボ歩いた。
 オタク心をくすぐるフォルムをした斧槍を携えた甲冑が両端に佇む入り口を抜けると、そこに広がっていたのはカウンターがずらりと並び、どことなく現実の役所のように静かで厳かな空間だった。
 なんというか、オタク脳の私が想像していたザ・ファンタジーの酒場と融合した陽気な空間は、アンのお店の方がよっぽど近い気がして拍子抜けする一方で、この知ってる空気感にどこか安心している自分もいた。

(……なんか思ってたよりも普通な感じ?)

 図書館とか役所でよくやっちゃうように少し声量を下げ、私はぽつりと感想を述べる。

「ん~、大体こんなものじゃない? ほら、あそこのカウンター空いてるから行こ♪」

 対してさすがは受付嬢というべきか、慣れっこといった様子のアンに促されて、私たちは空いていたカウンターに立つ受付嬢の元へ行く。
 空いていたカウンターに立っていたのは、きっちりとしながらも可愛らしさを兼ね備えた制服に身を包んだ栗毛のケモミミ少女だった。

「ようこそ、ギルド【賢者の剣】へ! 本日はどういったご用件でしょう」

 こういうのを獣人というのだろうか? 私は明言するほどのケモナーというわけではないのだが、先ほどから彼女の後ろで細身なしっぽがふりふりしていて気になる……ちょっと触りたい……いや、す~りすりしたい……!

「あのぉ……ご用件は……」

「ひぇっ? あ、あぁ~えっと、そのぉ……」

 思わず未知との遭遇に気を取られ、彼女のしっぽをガン見していたようで、不審者でも見るような冷ややかな目が私に向けられていた。
 は、早い所用件を伝えて、怪しい者ではないとアピールしなければ……! 自然に、ごくごく自然にぃ……!

「あ、あのぉ……初めてギルドに来たのですが……ここに来ればダンジョンに入る許可証を貰えるって……聞いたんですけどぉ……へへへ……」

「不審者陰キャ」

「そろそろツッコミが入ると思ったよ! ってか普段より言葉尻が強い気がするんですけど!?」

 私渾身の自然なコミュニケーションは、異世界人たちには却って不審に映ったらしく、お決まりと言わんばかりにユニの鋭いツッコミが入り、後ろに立つアンですらも「ははは……」と苦笑いを浮かべていた。
 おっかしいなぁ……こういう時は不自然なまでに笑顔でいれば万事解決と学校で習ったのだが、どうやら異世界ではこの手法は通用しないらしい。

「え、え~っと……ダンジョンへの入場許可をご所望……という事でよろしかったでしょうか?」

「あっはい! そうですそうです~……へへへ……」

 流石は受付嬢だ、レベチの読解力で私のよわよわコミュ力で紡がれた言葉の羅列から本質を言い当てるとは。
 この子、可愛い顔してただ者じゃあねぇ!!  伝えたい事を汲み取ってもらえた嬉しさのあまり、再び不自然なまでの満面の笑みを獣人ガールに送る。
 が、返ってきたのは表情筋を最大限に引き攣らせた苦笑いだった。

 ともあれ、何とか目的を伝えられたので、後は手続きやらなんやらを済ませれば、私も晴れて初ダンジョンに出p――。

「申し訳ございません! 本日の迷宮試験は受付が終了してまして……あとギルドが初めてとの事ですが、そうしますとギルドカードの登録からとなりますので、こちらの手続きが一ヶ月ほどかかってしまうのですが……」

「なっ――なんだって~~!?」

 こうして青乃祭莉は灰となり、短いようで短かった異世界冒険譚は幕を下したのであった……。

 オリオン・ファンタジア【完】

 …
 ……
 ………

「しくしく……えんえん……」

 その場でうずくまり、NTフィールドを最大展開。もう梃子でも動かん。

 私、試験があるなんて聞いてないし、おまけに試験を受けるための資格も取得まで一ヶ月もかかるとか……もう今日行けると思ってワクワクしてたのにぃ……一ヶ月も待てないよぉ……。
 などと欲しい物を買ってもらえなかった子供のように拗ね散らかしていると、私の肩がポンと優しく叩かれた。

 曇り続ける表情のまま叩かれた方を見ると、そこには天使のような微笑みを浮かべるアンが居た。

「ここは私に任せて♪」

 そう言い切った天使はカウンターに頬杖を突き、おもむろに交渉を開始する。

「あのぉ~、どうしても今日この子に試験を受けさせてあげたいんだけど~……だめ?」

 とはいえ、いくらギルドの受付嬢であらせられるアンだとしても、事務処理とかそういう問題でだめなのだろうから、流石にそれをごり押しするのは難しいのでは……?
 ま、まぁここは任せろと言った彼女を信じて見守るとしよう。きっと何か策があるに違いない……たぶん。

「え、えっと……ですから本日は受付が終了しておりまして……それにギルドカードの発行手続きにもお時間が……」

「え~、そこをなんとか~……ね? お願い♪」

(おぉっとここでアン選手のエンジェルスマイルが炸裂ゥ!! その様はまるでねちっこい迷惑客のようだ!! 対してルールを後ろ盾に一歩も引かない受付嬢! この勝負、一体どうなってしまうんだァ!?)

「な、なんとかと言われましても……ってあなたどこかで見覚えが……げっ、あなたは!?」

「えへへ~、で? いいの? だめなの? ねぇどっち?」

(おや……これは一体どういう状況でしょうか? 受付嬢がアン選手の顔を見て気圧されているぞ! 更にアン選手の声色が冷ややかな物に変化して、確かな圧で追い打ちをかけている!! 実況席で聞いている私もその氷のように冷たい声で、低温火傷寸前です!)

「おい」

(おや、解説のユニさんどうされましたか?)

「わしの耳元で実況ごっこするのはやめろ」

「はい……」

 交渉がスタートしてから丁度いい位置にあるユニの肩に顎を置き、一部始終を実況していたのだが、流石に怒られてしまった。

「ほれ、勝負あったみたいじゃぞ」

「はにゃ?」

 などとふざけている間に勝負……否、交渉に明確な動きがあったようだ。
 依然ニコニコ頬杖を突くアンに見守られ、受付嬢がなにやら焦った様子で、何かの書類を光の速さで認めていた。

「えっと、これは……」

「お願いしたら試験受けさせてくれるって♪ よかったね、祭莉ちゃん」

「え、マ……? でも私、ギルドカード持ってないし……登録に一ヶ月かかるって」

「そ・れ・を、今頑張ってやってくれてるんだよ~、いやぁ優しい受付さんに当たってよかったね~♪」

 机を「そ・れ・を」のリズムに合わせてトントンすると、更にそのリズムに合わせて受付嬢の肩が震えている。

「ひぃ~~!!」

 一体あの刹那のやり取りで何をしたのだろうか……精神干渉系の魔法? 催眠術? あ、まさか絶対遵守のギアs――!?
 ともかく、受験のチャンスを勝ち取るのみならずギルドカードの申請までごり押してしまうとは……異世界人の図々しさ恐るべしだぜ!※誉め言葉です。

 程なくして盛大に息を切らした受付嬢が、書類と羽ペンを私に差し出してくる。

「で、ではこちらに登録情報のご記入をお願いいたします~……はぁはぁ……」

「え~っと、どれどれ……うっ、読めぬ……」

 お店でポイントカードを作るときに求められるような情報記入も、異世界だと楽じゃない。
 だってこの紙に記されている文字が、一文字も読めやしないのだから。

 涙を浮かべてアンを見ると、「はいはい」と言葉無くして私の思考を汲んでくれたらしく、傍らからその枠に何を書けばいいのか補助してくれるのだった。
 私は言われるがまま、氏名、年齢などこの手の書類に書きそうな情報を書き込んでいく。

 しかし真面目な話、少し話しただけで試験もギルドカードも何とかして見せたアン……彼女は一体何者なのだろうか?
 異世界には詳しいつもりだけど、実際の所受付嬢にそんな権限があるのかは私の窺い知れるところではない。
 でも冒険の序盤で彼女と知り合えた事は、間違いなく幸運だった。
 この運命には感謝しなくてはなるまい。僕はキメ顔でそう言った。

「祭莉ちゃんってすごく字が綺麗なのね~」

「え? あっははは、そうかな? 昔おじいちゃんに言われて書道を習っていたから……かも?」

 無意識に躍らせていたペン先の軌跡は、自分で言うのもあれだが見事な達筆だった。
 オタクになる前に書道をやっていたお陰だろうか、なかなか直筆で文字を書く機会が減った令和になっても、手先に染みついた感覚は消えていないらしい。

「ショドー? ところで……これはなんて読むの?」

「え? あっ……」

 そこで気付く。見知らぬ文字の書類に、がっつり日本語で個人情報を記入していたことに。

「あのぉ……書き直してもいいでしょうか?」

 まさかこんなところで時間を取られるとは……アンに代筆をお願いして書き直しを始める私たちの後ろでは、ユニがやれやれと言った様子で額に手を当てていた。

        ◇

 時間はかかってしまったが、異世界語で書類を完璧に書き直した後、私は試験が行われるギルド本部の地下に広がっている、灰色のレンガが敷き詰められた無機質な演習場へ通されていた。
 演習場の中央には試験が行われる舞台があり、その周りを囲むように設置された見物席にまばらに座る見物人は、突如開催された特別試験を今か今かと待っているようだ。

 ちなみに、あくまで私個人の力量を測る試験なので、バッファー的な事をしてくれるユニの同行は許可されず、今頃アンと共に優雅にアフタヌーンティーでも楽しんでいる頃だろう。
 正直、昨日の戦闘ではユニに頼っていた部分が大きかったため、彼女の不在は割と致命的な気がするが、まぁそこはなるようになるだろう。なんたって私はオタクだからね。

「それでは特別試験を開始します。受験者は前へ――」

「ひゃッ……ひゃい!!」

 右腕と右足、左腕と左足を同時に前に出して試験官の元へと向かう。
 何故こんなロボットみたいな動きをしているかって? そりゃ試験とか緊張するからに決まってんじゃん。あまりインドアタイプのオタクをなめるなよ?

 それに、私が緊張というかやりずらさを感じているのには、もう一つ理由がある。それは……。

「アァーハッハッハッハッ!! おいおいあの嬢ちゃんの動き見てみろよぉ」

「異例の特別試験なんてやるっていうから来てみたが、あんなお嬢ちゃんが受験者かよ!」

 それは……ギャラリーの態度が悪い!!

 ゴブリンより二回り程大きいから――オーガとかその辺だろうか? 彼らは映画でも見ているかのようにバリボリとスナックを頬張り、ゲラ笑いをしながら、それなりに距離がある舞台に立つ私にも聞こえる声で話していた。
 百歩譲って試験を見られるのはいいのだが、真剣に取り組んでいる試験中に野次を飛ばされるかと思うと、なんだか胃がキリキリしてくる。

 バレない程度にキッとオーガたちを睨み付け、ようやく広い舞台の端に立つ、試験官であろうこちらも栗毛のケモミミ少女の元へと辿り着いた。
 どことなく受付をしてくれた子と似ている気がするが、姉妹なのだろうか? だとすれば(しなくても)なかなか妄想が捗りそうな題材である。

「危険が犇めくダンジョンで通用するか否かを見定める試験――【迷宮試験】へようこそ」

「迷宮……ゴクッ……試験……!」

 アニメとかでこういう単語を聞くとついオウム返ししたくなるよね。実際に直面した私もそれに抗えなかったわ。

「この試験では主に【面接】【魔力測定】【実技】の三つの項目に分けて、その総合的な評価で合否を決めさせていただきます」

「面接、魔力測定、実技……! ゴクリ……!」

「……では早速簡単な面接から始めていきましょう。名前、動機、それから特技を具体的に教えてください」

 まずは面接の定番である自己紹介からだ。
 まぁでも面接なんて、専門学校時代いやというほどやらされた必須スキルだ、今更しくじる事なんて――

「しょ、承知いたす……! わ、我は青乃祭莉と申す者……ッ! 歳は二十歳の二十歳! 出身は生まれも宇都宮でぇ……え~っと動機は……」

 全然あった!! いやなんだよその癖強い口調は! 絶対アホな子だと思われてるよぉ……。

 でもまだだ! まだ終わっちゃいない! まだ挽回できるはずっ!!

「おっほん!! ダンジョンへ行きたい動機は、ある物を探しに行くためでぇ……特技は、強いて言うなら剣道です……」

 いざ特技を答えよと言われると、言い淀んでしまうのがオタクの辛い所だ。一瞬、爆速タイピングとか、好きなシーンの暗唱と喉元まで出かけたが、絶対聞き返される未来しか見えなかったので、高二まで頑張っていた剣道を特技とした。
 まぁ、特技と言っても差し支えないレベルでは得意なつもりだし……なんかこういうスポーツ系を特技として答えると印象良くない?

「ケンドー……? まぁいいでしょう、ダンジョンへは探し物とのことですが、そちら詳しくお聞きしても?」

「えっと……ダンジョンに賢者が隠したオーブってものがあるらしくて、それを探しに――――ん?」

 オーブという単語を口にした途端。目の前の試験官はもちろん、やかましかった見物席までもが言葉を失い、試験会場全体が静寂に包まれた。

(え? え? 私なんか変なこと言った?)

 唐突に訪れた静寂に冷や汗を流す私だが、それも一瞬にして大きな笑い声によってかき消される。

「アァーハッハッハッハッ!! おいおいこの嬢ちゃんは何言っちゃってんだぁ?」

「オーブってあれだろ? ガキの頃ママに読んでもらった絵本に出てくるやつ」

「そうそうそれそれ……ってお前母ちゃんの事“ママ”って呼んでんの?」

「ばっ! 違ぇしッ!!」

 見物席から響くオーガたちのモブトークが、答え合わせと言わんばかりに聞こえてくる。(ママって呼んでるんだ……)

「あのアオノさん? オーブがダンジョンにあるというのは、おとぎ話で語られている伝説のはずですが……本当にそれが動機という事でよろしいですか?」

 どうやらユニから聞いたオーブの話は、この世界では伝説ということで浸透しているらしい。確かに昨日出会ったゴブリンのゴブさんもおとぎ話が~とか言っていたっけ。

 だがこれはまずいことになった。
 このまま「はいそうです!」なんて答えたら、確実に頭お花畑の子認定されて、減点されるに違いない……!

 やむを得ないが、ここはアドリブを利かせて――

「な、な~んちゃって! ジョークですよ~ジョーク! 実は……このおとぎ話。病気の弟が好きなんです――」

「病気の……弟?」

「はい……弟は昔から身体が弱くて、私が冒険者になれば治療費を稼げるかなって……うぅ……」

 なんて、こんなベタな話の方がジョークなのだが、さっきまでゲラ笑いしていたオーガたちも静まり、今度は会場全体からすすり泣く音が聞こえてくる。

「くぅぅぅぅ~! 泣かせるじゃねぇか!!」

「俺も久しぶりにママの声が聞きたくなったぜ……ズズズッ」

「だからお前……チィィィィンッ! “ママ”って呼んでんの?」

「だからいいだろうがよぉ!!」

 誤魔化すためとは言え、やはり嘘をつくのは胸が痛む。すまない、みんな……。(やっぱりママって呼んでるのかな……)

「なるほど……それは苦労をされているのですね……」

「あ、あぁ、いえいえ~お構いなく~……へへ……」

 試験官さんも目頭を押さえてらっしゃるよ、もうこれ以上私に同情するのやめて! 全部嘘ですから!

「では、気を取り直して次は魔力測定です。そちらの水晶に魔力を注いでみてください」

 若干のダメージを負ったが、現実では一度も乗り切る事が出来なかった【面接】をなんとかクリアし、続いて【魔力測定】へと移る。
 先ほどから私の傍らにはまん丸の水晶が置かれており、要はこれに魔力を注入し、その光量を測定するというファンタジーではベタな試験だ。
 これもアニメやラノベでよく見かける定番イベント、ここは失敗できない!

 そして幸運にも、私はぶっつけ本番で魔法をぶっ放せるくらいには、魔法の素養があるらしいじゃないか。
 それなら前代未聞の素晴らしい結果が残せちゃうのでは!?

「いよぉ~しっ! やっちゃうぞぉ~♪」

 目を瞑って水晶に右手をかざし、未だ不確かだがぼんやりと感じ取れる“魔力”の感覚を掌に集中させる。
 異世界先駆者ニキたちを見ていた感じ、送り込んだ魔力量に応じて水晶が光るはず。
 うんうん、これも履修したまんまでテンション上がるね!  ユニに耳がタコになるほど言われた“集中”を続けていると、全身に張り巡らされた神経を伝って、右手にじんわりと温かい“何か”が集まって来てるのを感じる。
 これは絶対……魔力だ。間違いない。
 この量、相当な力なのではなかろうか? これは歴代最高記録が――。

「……あれ、光らない?」

 確かに私は、昨日青雷や次元門を使った時に感じた感覚を手に集めているはず……なのだが。

「光りませんね。魔力量はゼロと――」

「ま、待ってください! もっとこうしてぇぇぇぇええッ!!」

 そ、そうだ。きっと触っていないからダメなんだ。
 そう思い今度は水晶を両手で鷲掴みにしてぶんぶん振り回してみたりする――が、やっぱり一ルーメンたりとも光らない。

「えぇ……だって昨日みんなに――ぁ……」

 その時、思い出したのはマーナさんとの会話。確か彼女は【精霊魔法】だとか【エーテル】だとかを「珍しい」という言葉を添えて言っていた気がするが、もしかしてエーテルって言うのは魔力と別物なのでは?
 つまり魔力測定用のこの水晶では、私の真価は測れないというわけか!

「あ、あぁ~なるほど完全に理解しました。すみません言い忘れてましたが……私、精霊魔法? の使い手なので、魔力ではなくエーテル? を測れる水晶を所望します キリッ」

 可能な限り低くて猛者感がある声を出して、水晶を台に戻しながら告げる。
 ――が、またしても会場に静寂が訪れる。

(こ、このパターンはまたッ!?)

「……アァーハッハッハッハッ!! おいおい、この嬢ちゃんはまたまた何言っちゃってんだぁ?」

「精霊魔法ってあれだろ? 第三世界のエルフたちしか使えないってママから聞いた事があるぜ! あ……」

「そうそうそれそれ……ってお前絶対“ママ”って呼んでるだろ」

「ぐっ……あーそうだよ! なんか悪いか!!」

 オーブの件といい、やはり私がユニから聞いていた話はこの世界では非常識なのだろうか……? いやでもマーナさんは普通に知ってそうな口ぶりだったし……(遂にママ呼び認めたな……)

「う~む……アオノさんはヒューマンとお見受けするので、精霊魔法は使えたとしても不思議ではありませんが……ここにはそれを測定する設備が無いのです……それにあくまで魔力測定ですので……」

「と、ということは……この試験は……」

「魔力量ゼロ……ということでになりますね」

「なっ――なんだって~~!?」

 こうして青乃祭莉は灰となり、短いようで短かった異世界冒険譚は――

「ですがご安心を、お話が苦手な方、魔力が無い方でもダンジョンへ行くチャンスを得られるように、一発クリアとなるボーナスステージをご用意しておりますよ」

「な、なんすかそのクイズ番組の最終問題みたいな試験は……」

「まぁいろんな方がいらっしゃいますので……次の実技さえパスできれば、晴れて試験クリアとなりますのでご安心を。それでは――」

 ドシィィィィン!!

 試験官の言葉を遮る轟音が演習場に鳴り響き、凄まじい衝撃を巻き起こす。

「――持てる技術を駆使し、このゴーレムを倒してください」

 淡々と告げられた言葉が終わると、デッサン人形のようなゴーレムが無機質な敵意を私に向けてきた。

「あ、あのぉ……こいつヤバいんじゃ……」

 しかしユニが不在で平凡な身体能力の私には、あまりに強大過ぎる相手だろう。

「お得意の精霊魔法でワンパンでも構いません。それに――致命傷は与えられないようになっている……はずなので」

「はずの部分が怖いのですが!?」

 冷たく放たれたその言葉を皮切りに、軋むような音を立てるゴーレムが、ぎこちない動きで私に迫り来る。

「ひぃぃぃぃッ!!」

 一撃、また一撃と徐々に速度のギアを上げて、飛び掛かり攻撃を仕掛けてくるゴーレムの攻撃を反復横跳びのように辛うじて避ける。
 かつて某死にゲーで、SL1ノーダメ縛りプレイを完走した私を、あまり舐めてもらっては困るという物だ。

 しかしゲームとは違いこれは現実。スタミナゲージという概念は存在せず、立ち止まっていれば時間経過で回復もしない。時間をかければかけるだけジリ貧になっていってしまう。

 そしてユニがいないので武器・防具は無しも同然。そして分断柵も何も無いような演習場。
 これはあれだ、あの地上最強生物の息子さんとコラボしたイベクエのような……うっ、頭が……ッ!  というかあのイベクエですら武器はあったのだから、今の状況の方がよっぽど鬼畜。
 もうクリアさせる気を微塵も感じない世紀のクソゲーだぞこれは!

「あっ、あのッ!! ちょっとタイムを――!」

「それは出来かねます、実際の魔物は待ってはくれませんよ」

「ウゾダドンドコドーン!!」

 間もなく却下され思わずオンドゥル語が飛び出るが、決してふざけている場合ではない。
 本当に一瞬でも気を抜けば、すぐに間合いを詰められて殴りかかられる。

 やっぱりこれくらいどうにか出来なければ、ダンジョンから生きて帰ってくることは出来ないということなのだろうか……!  だがいつまでも逃げ回っていては、いつか私の体力が尽きてしまう。それなら一か八か、こっちから仕掛けるしかない!

「――ここッ!」

 このゴーレム、間合いを詰めてくる速度こそ早いが、いざ攻撃となると単調な上に大ぶりで遅く、寸手のところでステップを入れれば案外簡単に背後を取れてしまうのだ。
 あ、今こいつ嘘言ってると思ったでしょ。いや本当だから! 私インドアでも動けるタイプのオタクだから!!  FPSで鍛えた動体視力と、地味に高い運動神経をもってすればこれくらい余裕なんですぅ!!

 まぁそんなことは今はどうでもよくて、さっき説明した要領で相手の大ぶりの攻撃を狩人のようにサイドステップで回避し、背後に回り込む。
 そしてすかさずバックスタブを取る……! が。

 コキッ……♪

「かっっっったぁぁぁぁぁああ!?」

 こいつ……いい木材使ってやがるッ!?
 渾身の力を込めた一撃は容易く背中で受け止められ、ダメージを与えるはずが逆にダメージをもらう羽目になり、そして。

 ギギギギギッ――

「あ、あっははは……こんにち、うわぁぁぁぁッ!!」

 頭部を九十度回転させ、まるで「痛ぇじゃねぇか」なんて言わんばかりに小首をかしげ、胴体の向きをそのままに、両腕を大きく広げて拘束攻撃を仕掛けてくる。これに捕まったら啓蒙吸われちゃう!?
 寸手のところで姿勢を低くし、それを回避してまた距離を取って逃げ回るが、これでは埒が明かない。
 青雷を……いや、あれはユニと一緒じゃないと使えない。せめて武器でもあれば……。

「あ、あの! せめて武器を……剣ッ! なんか振りやすい剣を所望しますッ!」

「ふむ、やはり素手では厳しそうですか……」

「当たり前だッ!」

「ではこちらをお使いください、壊さないでくださいね?」

 そう言って、試験官さんが腰に携えた白銀のロングソードを地面に突き立ててくれた。(技量はともかく筋力足りるかな?)

「おお、素晴らしい! 我が導きのロンソよ!」

 わざと立ち止まり、ゴーレムの攻撃を誘発させてそれを前転で回避。(その際に久しぶりにやった受け身をミスって、思いっきり背中をぶつけた事は割愛する)  回避の勢いを活かし地面を蹴って走り出し、突き立てられたロンソを手に取る。

「ふぅ……よし――」

 手にとって分かったが、私のステータスは筋力と技量が10以上あったらしく普通に振り回せそうだ。

「おいおい、嬢ちゃんそんなでかい剣振れんのかぁ?」

「怪我すんじゃねぇぞ!」

 そこでオークの野次が飛んでくる。(ママ呼びの方は優しいな)  さっきまでならスルーしていたが、ここまでの戦闘でアドレナリンがドバドバ放出されており、若干イラついていたので、一言だけ言い返すことにした。

「オタクだから剣くらい振り回せるんだよ! 黙ってみてなッ!」

「げっ、聞こえてやがった!?」

「地獄耳だ!!」

「……(イラッ)、ふぅ~……」

 イライラを鎮めるように深く息を吐く。
 次に右足を少し前に出し、脇を締めて柄を強すぎず弱すぎないように握り、意識すらも対峙するゴーレムの喉元に向けた剣先に乗せる。

 これはもう私にとって呼吸に等しく体に染みついた動作の一つだった。
 面接でもさらっと言ったが、私はちっちゃい頃から高二まで剣道をやっていた。

 仕事が忙しく家を空けがちだった父に代わり、曽祖父に面倒を見てもらっていた。
 おじいちゃんはとても厳しい人で、躾としてまだ幼い私に叩き込んだ様々な習い事の一つに剣道があった。
 他にも弓道や書道など様々な事を教わったが、その中でも剣道は嫌いではなく、なんだかんだ中高と部活にも入って高二の夏まで青春を稽古に捧げるほどにはガチでやっていた。

(さて――)

 ギギッギギギッ――

 丁度自分語りが終わったのを見計らったように、ゴーレムが飛び掛かって右ストレートを放ってくる。

「――ッ!」

 左に足を少し運び、剣身で拳を右へ流して八相の構えに変え、そのまま背後に回り込んで今度こそバックスタブ……と行きたいところだが突きは反則なので、さっきはビクともしなかった背中に一閃。
 が、右ストレートの勢いを活かし腰をくるりと回転させたゴーレムは、私の方を正面を向いて両腕をクロスさせて防御するが、剣の勢いに両腕を弾かれて後ろに仰け反る。

「――――はぁッ!!」

 私も多少後ろに仰け反ったが、すかさず一歩を踏み込んで体制を立て直し、振り下ろした剣を返して無防備な胴体に向けて思いきり刃を切り上げる。

   ザバッシュ――!!

 快音を立てて二撃目がゴーレムの胴体にクリーンヒットし、大きな切り傷を付けることに成功した。

 これぞ秘技・なんちゃって燕返し。

 お寺の階段で番人をしている某アサシンに影響されて、密かに練習したこの技だが、実際の試合などではなかなか使う機会が無かった。
 しかしまさかこんな所で使えて、綺麗に成功するとは感無量である。

 このまま秘技の成功に喜びたいところだが、まだ気を抜くことは許されない。
 ダメージを受けたゴーレムがふらふらと足を運んで近付いてくる。

 が、数歩前進した所でばたんと倒れ、ピクピクと痙攣していた。

(え……倒した? 意外と弱くね……?)

 ゴーレムに対し体に染みついた残心をして見せるが、私の内心は若干戸惑っていた。
 武器が無い時はあんなに強そうに見えたのに、あんなに怖かったのに……武器があればこのザマである。

 一応すっかり動かなくなったゴーレムを切っ先でつんつんしてみるが、へんじがないただのしかばねのようだったので、本当にワンパンしてしまったらしい。

「アァーハッハッハッハッ!! 嬢ちゃんかっこよかったぜぇ!!」

「俺もう感動しちまったよ!! 後でママにも話してやらねぇと!!」

 見物席のオークたちも大声で賛辞を送ってくれており、もうすっかり冷静になってしまった私は彼らに対し、小さく会釈をしながら小さく手を振った。

 程なくして拍手をしながら試験官が、そんな私の元へ近付いてくる。

「これはお見事。借り物の剣でここまでやれる剣士だったとは驚きです」

「そ、それほどでも~……あ、これありがとうございました」

 ロンソを逆手に持って差し出すと、試験官さんは慣れた手つきで刃を鞘へと納めた。

「てっきり魔法使いだと思っていましたが、あえて接近戦で試験をクリアするとは……実力は申し分ないようですね」

「あえてというわけでは無いんですけどね……でもこれで試験は……?」

「はい、合格です。おめでとうございます」

「いやったぁぁぁぁ!!」

 待ちに待った【合格】の二文字が告げられ『手の舞い足の踏む所を知らず』という言葉を体現するように喜びの舞を舞った。
 でも、なんかここまでいろいろうまく行き過ぎてないか? なんて脳裏を過ったが私の中では嬉しさが勝っており、すっかり止め時を失った喜びの舞を踊り続けるのであった。

        ◇

「と、いうわけで私は冒険者になったのでした! めでたしめでたし!」

「へぇ~祭莉にそんな特技があったなんてね」

「まぁ私はオタクだからね」

「……?」

「あれ、私また何か言っちゃいました?」

 時は戻り、ダンジョン内。
 さっき倒したスケルトンセンチネルが落とした魔石を拾いながら、合流したマーナさんにここに至るまでの話を語り聞かせ、鼻を天狗にしていた。

 が、そこである単純な疑問が頭を過ったでのある。

「そういえば、何でユニは突然剣になれたの?」

「え、あなたそれわからずに使ってたの……? でも、確かにそれは気になるわね」

「あ、あぁ~なんて言うか……なんとなくかのぉ……」

 私たちが目を輝かせその理由をユニに問うてみるが、彼女は目を泳がせて当たり障りのない回答で誤魔化すのだった。

to be continued.

オリオン・ファンタジア

栃木県宇都宮市に暮らす青乃祭莉(あおのまつり)は、いつの日か輝くスターになる事を夢見て、日々動画投稿に取り組むが思うような結果を出せずにいた。
いつものように宇都宮フェスタに遊びに行ったある日、ひょんな事から迷い込んだ異世界で、杖の精霊であるユニ・オリオンと出会う。
悪の権化たる魔王の謀略を阻止するべく、祭莉とユニの冒険が今、始まる――。

第一話『急降下するプレリュード』 第二話『杖の精霊』 第三話『青雷の旅人』 第四話『赫い光』 第五話『異世界からただいま』 第六話『洞窟に響く音』 第七話『一人きりの迷宮試験』