オリオン・ファンタジア

第九話『お友達奪還作戦』

「あぁもう! どうなっても知らないんだから!」

 スカルエンペラーが最奥に待ち受ける、不気味な青い灯に照らされたボス部屋。
 先刻そんな危険極まりない場所へ飛び込んでいった祭莉を追い、若干やけくそになったマーナも後に続き駆け出していた。

 ボス部屋に突入前からこちらを認識しても、これと言って動きを見せなかったスカルエンペラー。
 いざテリトリーに侵入してみても相変わらず動きが無く、ここまで不動を貫かれると嫌な不気味さを感じずにはいられ。
 先に飛び出した祭莉は目的の倒れている人影――つまりスカルエンペラーの足元へと一直線に走っている。
 だがいくら部屋の主がここまで侵入者に無関心とは言え、さすがに眼前まで肉薄すればその限りではないだろう。
 ならばと思考を巡らせたマーナは進路を少しずらして、仄暗い中でも微かに見える部屋の隅へと向かった。

「うぅ……あんまりやりたくないけど……」

 壁際まで到達するや否や、体の左側に佩いた刀の柄を口で咥える。
 逡巡の後に得物を引き抜くと、その刀身が青い松明の光を反射して眼前に聳え立つ巨大な骸を怪しく照らし出した。

「うぅ……ほへんなはいひひょふ……(ごめんなさい師匠……)」

 張り詰めた空気の中で刀に向けてそう呟くと、首を大きく振るって刀身を地面に叩きつけた。

 カンカンッカンッ!!

 どこか痛々しさすら感じる甲高い音が部屋中に鳴り響く。
 これは冒険者の基礎的な戦闘技能である【挑発】。
 一般的には重装備のタンク職が大盾などを特定のリズムで叩き、モンスターの注意を集めて攻撃を受け止めて、アタッカーをフリーにする為の戦術だ。
 一見マーナのような軽剣士とは縁遠いように見えるが、機動力を活かせる彼女であれば攻撃を巧みに躱す事で、これもまたヘイト役としては十分に強力だ。
 程なくしてこちらに興味を示さなかったスカルエンペラーの首が、体をそのままにゆっくりと回転してマーナの方をじっと見据える。

「ま、マーナさんッ!? 体張り過ぎではッ!?」

 部屋の反対側から、抑えめの声量で困惑する祭莉の声が聞こえる。

「ほへしかほうほうははひんははらッ!(これしか方法がないんだからッ!) ひはははひへひょッ!!(仕方ないでしょッ!!)」
「何言ってるのかわかんないよぉ! で、でもこれで――」

 スカルエンペラーがマーナに気を取られている今がチャンス。
 壁際に取った進路のラスト数メートルを駆け抜けて、ようやく人影の元へと辿り着くとようやくその“少女”の全貌が顕になった。
 長くてさらさらな緑がかった髪は左右に丁寧に括られ、濃緑と黒を基調とした独特なデザインのロリータ服によく合っている。
 また彼女の側頭部から伸びる角と、背中の翼は現実の人間とは別の生き物であると主張しており、この少女をもし一言で表すのであればきっと――。

「“人形”みたい……」

 思わず見とれる祭莉の喉からやっと出たのは、そんな稚拙な言葉だった。

「祭莉、何をしておる!! マーナがそろそろへばってきたぞッ!!」

 思わず見惚れる祭莉の鼓膜をユニの声が震わせる。
 言われて耳を澄ますと、勢いの良かった金属音は今は力無い物になっていた。

「あ、ごめん!! ちょ~っと失礼して……」

 何の気なしに謝罪を述べ、慣れない手つきで所謂お姫様抱っこの姿勢で、軽い少女の身体を持ち上げる。

「――おっと」

 すると脱力してぶらんと垂れ下がる少女の腕から三体の西洋人形が零れ落ち、砂埃を立てて地面に落としてしまった。

「やばばばばのば……早く拾わないと――」
「はぁ……はぁ……ま、祭莉後ろ!」
「へ?」

 息切れしながら後退するマーナの警告に従い、後ろを振り向く。
 先ほどまでマーナの方へ回っていたはずのスカルエンペラーの頭蓋が、祭莉の方へ真っ直ぐ向いており、深淵が納まった眼窩に赫い光が灯った。

「あ、あっははは……コンニチワ〜」

 氷水のように冷たい汗が首筋を伝い、一瞬静寂がその場に訪れた後――。

「――ガギガガガガガガッ!!」

 まさに皇帝と呼ばれるに相応しい音圧伴った咆哮が、声帯など無いはずの巨大な骸から発せられた、音の衝撃波が祭莉の真後ろから放射状に広がる。

「うわぁっとっと!?」

 その衝撃は凄まじく、少女を抱えている祭莉は背中を強く押されるように、前方へ押し出されてしまう。
 またその咆哮に呼応するように、薄く室内を照らしていた青い炎が強くなり、先ほどまでは見えなかった室内の細部を照らし出した。
 想像よりも広い空間。その床には石レンガが敷き詰められているが、所々ひび割れや欠けが見受けられ、松明が掛かる柱には、何かで抉られたような痕跡が見て取れる事ができる。
 それはまるで、過去にこの空間で行われてきた数々の激戦の語り部のように、見た者にそれをやった化け物の力を生々しく伝えているようだ。
 そして、扉からその反対側までくたびれたカーペットが敷かれており、その辿り着く先には色の無い剣が、石造りの台に垂直に突き刺さっている事に気が付く。
 恐らくボスの討伐報酬か何かなのだろう、これがある事によってこの空間が決戦場であると自ら主張しているようだ。

 バリバリッ――ビギャッ!!

「ひっ――!?」

 非現実的な部屋の細部を思わず確認した数秒の隙。
 ゆっくりと立ち上がったスカルエンペラーが、右手に握りしめた大剣を祭莉目掛けて振り下ろす。
 しかし、それはユニが事前に貼っていた高電圧のバリアと鍔迫り合いのような状態となり、火花を散らしながら大剣を真正面から受け止めていた。
 ユニはすかさず祭莉の周囲に固定していたバリアを切り離し、大剣を押し返すように飛ばすと、その僅かに上回ったバリアの運動エネルギーに押され、スカルエンペラーが体勢を大きく崩した。

「祭莉! 今の内に早く逃げるのじゃ!」
「ひ、ひぃぃ〜〜!!」

 そのあまりの迫力に全身に鳥肌が立った祭莉は、少女を抱えて脱兎の如くボス部屋の扉へと駆け出した。
 その際、地面に横たわる少女の人形たちが前髪の奥の双眸で遠のく主人と祭莉を見ていたが、祭莉がその視線に気が付く事は無かった。

        ◇

 祭莉たちがダンジョンへ出発し、何時間か経過した頃。
 モンスターたちが行き交う大きな道をエプロン姿の少女が一人、腹の虫を抑えながら小さい歩幅で歩いていた。
 ラット・ライク・バーガーの看板娘であり、ギルドの受付嬢であるアンである。

「はぁ……お仕事したらお腹空いちゃった……そういえば祭莉ちゃんたち、そろそろマーナちゃんと合流出来たかな」

 昨晩ゼムリャーが席を外したタイミングで、どこか浮かない表情をしていたマーナに「久しぶりにダンジョンでも行ってきたら?」と声をかけ、一枚の依頼書をテーブルに差し出した。
 クエストの内容は、スケルトン数体の討伐。
 E級から始まるギルドランクで、経験を積んだC級の冒険者から受注可能な比較的簡単な討伐クエストだ。
 A級冒険者の、それも数少ない二つ名持ちであるマーナからしてみれば本来眠たくなってしまうようなクエストだが、ブランクのある彼女の肩慣らしには丁度良いと受付嬢としての判断しての提案だった。
 しばらく無言で依頼書を眺めたマーナはふっと笑い「あなたには何でもお見通しなのね……」と呟き、依頼書にサインをして帰って行った。

 そして今朝、ユニから「ダンジョンに入りたい」と相談され、アンは「これはおもしろい事になりそう♪」と、別口でダンジョンに向かったマーナと合流させる事を画策する。
 もし彼女たちが合流して最奥で待つであろうボスと対峙し、どちらかがそれを撃破する事が出来たならば、クライアントが望む“この世界の猛者”として胸を張って紹介できるだろう――。

「三人とも、早く帰ってこないかなぁ~」

 彼女にとって数少ない友人と呼べる存在の事を考えると、心なしか足取りが軽くなった。
 馬車がいないのを確認し、左に大きな銀杏の木を見ながら大きな道路を渡った。
 しばらく傾斜がある道を歩いた所で、ふとアンはぴたりと足を止める。
 彼女の視線の先には、一度見たら絶対に忘れない赤毛の巨漢が、真っ直ぐアンを見つめて立ち塞がっていた。

 昨晩来店した客、ゼムリャーだ。
 自信を感じさせるように口角を上げて、道の真ん中で仁王立ちをしている彼の様は、平穏な日常の中ではどこか異質だったが、群衆は誰一人として彼を気にも留めない。
 普通であれば他に倣い気に留めずに歩く所だが、アンは違った。
 笑顔を作ってオンモードになり、歩みも軽やかなスキップに変えて前進する。

「こんにちわ♪ 昨日はご来店ありがとうございました~、本日もお仕事ですか?」

 ゼムリャーの目前でぴたりと止まり、明るい声色で声をかける。

「あぁそうなんだ。少々自体が込み入ってしまってな。私自ら出張らねばならないのだよ」

 シャツの襟を緩めて大きな手で扇ぐ様は、さながら営業周り中のサラリーマンと言った具合である。
 ここまでなんてことない会話のはず。
 しかし互いに笑顔を向けあっていても、目だけは笑っていない事に、気付いている者はいないだろう。

「そうだ。できれば貴殿にも助力を願いたいのだが」
「え~……あまり遅くなるとバイトのおばけちゃんたちに起こられてしまいますし――それに私、はらぺこなんですが……お急ぎですか?」
「なぁに時間は取らせないし、飯ならご馳走させてもらおう」

 ゼムリャーが大きな手が、そっと差し出される。

「ふふっ、仕方ありませんね……では少しお散歩と行きましょうか。エスコートしてくださるのでしょう? ゼムリャー大尉――」
「もちろんさ。ギルドマスター代理殿――」

 あまりにも手のサイズに差があり、ゼムリャーの人差し指を握る形になってしまう。

「ふふふっ、まるで私は小人みたいですね♪」
「すまないなぁ、苦情は我を“デザイン”したMOTHERに頼む……」

 おどけるアンに、ゼムリャーは反対の手で頭を掻いて苦笑する。
 アンが一笑いし終えると、二人の足取りは店とは別の方角へと進路を取り、街の賑わいの中にその姿を消していった。

        ◇

「ぜぇぜぇ……酷い目にあったぁ……」

 ここはギルドによってダンジョン内に築かれた安全地帯。
 数張りのテントや焚き火があるだけのフリースペースといった場所だ。
 事前に予想した通り、ボス部屋から出てしまえばそこを守護するスカルエンペラーは追ってこれないようで、案外簡単にここまで辿り着く事ができた。
 安全地帯には他にパーティーはおらず、疲労困憊の私は周りの目を気にする事なく、焚き火の前で膝から崩れ落ちた。

「あ~……また顎が……首がぁ……」
「ふへ~……なかなか骨が折れたわい……」

 他の面々も疲れてるご様子で、自然と火を囲むように座った。

「……それにしても、その子は何であんな所に倒れていたのかしらね?」
「あ、確かに――」

 言われて私の膝に寝かせた濃緑の少女に視線を落とす。
 やはり見間違いでもなんでもなく、彼女の側頭部からは立派な角が生えている。
 一応こんこんと優しく叩いてみるが、どうやら作り物でもなさそうだ。
 背中の翼もしっかりと体温も感じられ、爬虫類の皮膚を彷彿とさせる触り心地で少しクセになる。

 す~りすり。

「ん……んぅ……」
「あ、やばっ。大体翼や尻尾は神経が密集しているって漫画やアニメでは相場が決まっているんだった……」
「何一人でやっておるんじゃ……しかし――」

 ユニが少女の顔を覗き込む。
 私もそれに倣い、長い前髪で片目を隠したミステリアスなお顔を見る。
 明るい場所で見ると……なんかこう……いいね。すごくいい。タイプドストライクって感じの亜人系ヒロインでめちゃくちゃすこ。二次元で好みの子がいたとしても画面越しに見る事しかできないもどかしさが今は存在しない。これこそが全オタクが熱望した夢と言っても過言でな――

「おい、目が血走っておるぞ。今こやつが起きたら……」

「ぅ……うぅ……ん?」

 と、ユニが発言した直後。少女の瞼がゆっくりと開いた。

「って、本当に起きちゃった!? あわわわわっ、こういう時名前とか聞くんだっけ? 指の数はとか~」
「少し落ち着きなさい……あなた大丈夫?」

 マーナさんが膝枕された少女に目線を合わせて(元々合ってるか)優しく語り掛ける。

「……犬さんが喋った……です」
「犬ではないのだけれど……私は魔狼族のマーナ。倒れていたあなたを私たちでここまで運ばせてもらったわ」
「……私、たち?」

 ゆっくりとした動作で、私の膝の上で首を右へ回す。
 するとこそばゆさを堪えている私と、真っ直ぐ目が合った。

「こ、こんにちは~。私は――」
「祭莉……お姉ちゃん……?」
「そうそう! 私、祭莉! って、何で私の名前――」

 自分が名乗るよりも先に名前を言い当てられてしまい、遅れて困惑する。
 え、何で? 私ってそんなに有名だったっけ……?

「あっ……えっと、お姉ちゃんは……その……有名人、なので……」
「あ~うん! わかったわかった! 私って昔から悪目立ちしちゃうし、よくあるよくある!」

 いやねぇだろ! と自身にツッコミを入れたくなるが、異世界に来てから割と派手にやらかしている自覚はあるのできっと何かしらで噂とかになっているのだろう。身に覚えのない罪でお尋ね者とかになってなきゃいいけど……。

「おい、お主。その角や翼――よもや魔界の住人か?」

 そんなこんなしていると、傍に立つユニが冷ややかな声色で少女に問う。

「えっと……その……私は……」

 ユニの剣幕に怯えているのか、少女は言葉を紡げずにいる様子だ。

「ちょ、ちょっとユニ! いきなりそんな怖い顔したら可哀そうでしょ!」
「聞け祭莉。こやつは恐らく魔王の手先に違いない。なぜあんな所に倒れていたかは知らぬが、洗いざらい話して――」

 ユニの手が少女に迫る。
 恐らく何かしらの魔法を発動させているのだろう、彼女の手は仄かに光を放っていた。

「ちょちょちょちょちょっ! だめストップ! 暴力反対!」

 私はすかさずユニのちっこい頭を片手で抑えて、ユニの蛮行を力の限り妨害する。

「えぇい離さんかッ! この無礼者め!!」

 私達が競り合っている間も、お膝の上で体を小さくした少女が「あわわわわ」と可愛らしい悲鳴を上げている。

「そ、そうよユニ! 角や翼がある種族だっているわ! 例えば第四世界の竜人族とか……」
「おぉ竜人! って、あんたはいい加減止まりなさいよ……! ふんぬっ!」
「いーだだだだだッ!? よしぇっ、やめるのひゃッ!!」

 マーナさんが何やら気になる種族名を上げても、尚止まらないのじゃロリ精霊のほっぺを思いっきり引っ張ってみると、本当に痛そうにジタバタして私から距離を取った。

「いてててて……竜人? なんなんじゃそれは?」
「だ、大丈夫……? えっと、第四世界は竜たちが暮らす空の世界って言われているのだけれど、稀に人に似た姿をした竜人が生まれるって聞いた事があってね。この子がそうなんじゃないかと思ったのよ」
「あー確かに。角とか翼ってドラゴンって感じするもんね」
「にわかに信じがたいのぅ……お前、そうなのか?」
「そ、そう……! 私は、竜人族……だった……です!」

 がばっと勢い良く起き上がり、少女は高らかに宣言する。
 が、呆気に取られる私たちが何もリアクションを返さなかったからだろうか、すぐに恥ずかしそうにしぼんでしまった。

「はぁ……まぁ今はそういう事にしておいてやろう……それで名前は――いでッ!?」
「人に名前を聞く時は、まず自分が先に名乗るもんでしょ!」

 依然態度がデカいユニの脳天に私の鉄拳が炸裂し、あっけらかんとしている。

「だからって殴らんでもいいだろう、この乱暴者!! え~こほん……わしはユニじゃ。で、お主は?」
「うわめっちゃ塩~……」

 などと目を細めて言うと、ユニにキッっと睨み付けられてしまう。

「わ、私の名前は……ドール、です……」

 濃緑の少女、ドールちゃんが自信無さげに呟く。

「ドールって言うのね、いい名前じゃない」
「うん、めっちゃ可愛い! ドールちゃんがお人形さんみたいに可愛いからかな~? それとも人形を連れていたから――」

 思わずなでなでしていた私の手が、そこまで言って固まる。

「そ、そうです……! お友達から取ったって……お姉さんが――ってあれ、いない……?」

 ドールちゃんがきょろきょろと辺りを見回して件の人形たちを探している。
 しかしそれが無駄な事だと私は知っていた。

「ド、ドールちゃんごめん……逃げるのに夢中で人形を落としてきてしまいまして……」

 必死に探すドールちゃんに心が苦しくなった私は、耐え切れず自分の罪を自白した。

「お……落としちゃったんですか……?」
「落としちゃいました……ボス部屋の奥で……」

 それもドールちゃんが倒れていた場所。つまりボス部屋の奥で落としてしまい、私は脱兎の如く逃げたしたのだ。これを罪と言わずして何と言おう。

「それはまた……とんでもない所に落としてきたわね……まぁ私も先に離脱しちゃったわけだし……」
「あ、あのっ……!」

 ドールちゃんが自信が無さそうな声を最大限に張る。

「あの……あの子たちは……私の大切な……お友達、なんです……だからっ! えっ……」

 ドールちゃんが目元に涙を浮かべ、私に訴えかける。
 だから私は彼女の眼前でサムズアップ。訳が分からないといったようにドールちゃんが目を見開いた。

「任せて」
「……え?」

 その先は言われずとも察する事ができた。
 あの人形たち……お友達は彼女にとって“大切”だというのが伝わったからだ。
 それを蔑ろにして何がオタクだろうか、私だってそれを守り貫き続けて今ここにいるではないか。
 それにもう一つ、私には理由がある。

 こんな美少女を泣かせちゃだめだっぺ!! と。

「助けに戻ろう! 今すぐッ!!」

 私は立ち上がり、力強く宣言した。

「なっ……お主、正気か……?」
「はぁ……あなたといると休まる間もないわね……」
「善は急げ、二人とも行くよ!」

 ユニとマーナさんを無理やり立ち上がらせる。

「ほら、ドールちゃんも早く!」

 そんな状況をぽかんと見ていたドールちゃんに、私は手を差し出した。

「は……はい……!」

 目元の涙を拭い、ドールちゃんは私の手をぎゅっと握った。
 その際、ユニが何か言いたげな顔をしていた気がするが、彼女の顔を見やるとそっぽを向かれてしまう。

        ◇

「さて、戻ってきたわけですが……」

 場所は変わり、再びボス部屋の前。
 意を決して開け放った扉は、今は何故か閉ざされている。
 あれれ、私セーブせずに電源切ったっけな……?

「祭莉……お姉ちゃん……」

 などとまた脱線気味に思考を巡らせていると、安全地帯からずっと手を繋いできたドールちゃんが、私の顔を心配そうに覗き込む。

「あ、あぁ! 大丈夫大丈夫! ちゃんとセーブしてたみたい」
「……?」
「その子の言う事は半分くらい聞き流すのが吉よ……」
「なんてこと言うの!」

 マーナさんがドールちゃんに近付き助言をするが、私にとっては不名誉でしかなく、思わず抗議する。

「ほれ、いつまでも馬鹿をやってるでない。行くと言ったのはお前じゃろうが」

 ユニが冷たく言い放つ。
 これまではこの手のバカ騒ぎが起こるとここぞとばかりにいじってきたのに、なんだかご機嫌が斜めのようだ。
 あ、なるほど。私がドールちゃんと仲良くしてるからヤキモチ焼いちゃったのかな? かな?

「お主は黙っててもウザイな……」
「んなっ!?」
「はぁ……埒が明かんな、もうわしが開けるぞ」

 やはりご機嫌斜めなユニは、私とのやりとりを中断し重い扉へ手をかける。
 すると彼女の三倍はあるであろう扉は、何の抵抗も無くすんなりと音を立てて開いた。
 私とマーナさんで開けた時は結構重かった気がするが……ユニって意外と力持ちなのだろうか?

「――いるわね」

 マーナさんが見据える先には、丁度ドールちゃんが倒れていた辺り――部屋の最奥にスカルエンペラーが佇み、相変わらず仄暗い中でじっと侵入者を待ち構えている。

「人形を取り戻すには、まずあいつをどかさなきゃいけないわね……祭莉、作戦はあるの?」
「え、作戦?」
「あなたが言い出しっぺなんだから、今回はあなたがリーダーでしょ」
「り、リーダー……!!」

 青乃祭莉。これまでの人生に何かしらの長を拝命した事は一度もない。
 そんな私がリーダー……!!

「って! そう言って面倒事を押しつけようとしてるでしょ!」
「……ちっ」
「はい今舌打ちしました絶対しました~!!」

 危うく騙されるところだった。おだてたって何も出ないんだから――

 バヂンッ!!

 刹那、私とマーナさんの周囲に先ほどの高電圧バリアが生成され、近くにいた私たちのバリア同士が干渉して電気が弾ける。
 犯人と思しきのじゃロリに目を向けると、やはりと言うべきか私たちに向けて右手をかざしていた。

「ちょ、ちょっと危ないでしょ!? いやホントに!!」
「作戦はさっきと同じじゃ。マーナが敵を引き付け祭莉がひたすら走る。わしはサポートをしながらこの娘のを見張る」

 なんだか適当に決めつけられた気もするが、ぶっつけ本番でもドールちゃんを助けられたくらいだ。この作戦が打倒なのは私でもわかる。わかるんだけどぉ……。

「あ、あのぉ……私、その作戦だと丸腰なのですが……」
「何とかしろ」
「辛辣ッ!! てか何とかって何さ!」
「ほれ――」

 ユニが指さす先を目で追う。それはスケルトンエンペラーを指しているようだった。
 え? そゆ事?

「え、肋骨引き抜いて戦えと……?」
「違う、わしが言ったのはその奥の剣じゃ。ヤバくなったら試しに引き抜いてみればいいだろう」
「ぐぬぬ……他人事みたいにぃ……」
「まぁ、わしの見える範囲でならお主は必ず守ってやる。安心して走ってこい」
「うぐぅ……わ、わかったよ……」

 ユニの言葉と先ほど体感したこのバリアの威力の頼もしさに「いっちょやってみるか」となってしまうチョロい自分が悔しい。

「そろそろ準備はいいかしら? 私は左に走るから祭莉は――」
「右から奥に回る!」

 マーナさんの言葉を繋ぎ、作戦を再確認。
 まだ納得しきったわけでは無いが、やるしかなさそうだ。

「よし行くぞ~……よ~い――」

 また似非クラウチングスタートの姿勢を取り、足に力を込めて――

「――どんっ!!」

 掛け声と共に大地を蹴って、ボス部屋へと突入する。
 打ち合わせ通りマーナさんは左側の壁に沿って駆けており、私もその反対側を走る。
 このまま先ほどと同じでマーナさんがヘイトさえ取ってくれれば、人形を抱えて走るだけなので割とイージーだろう。
 だが、現実はそう甘くはなさそうだ。

「――ギギガ? ガガガギガッ!!」

 一回目とは違い、私たちを認識するや否やスカルエンペラーが動き出す。
 それに答えるするように壁面に掲げられた青い松明が灯り、逃げながら眺めた部屋の全貌を照らし出した。

「ちょ、ちょっと!?」

 私は思わず目を剥く。だってスカルエンペラーは真っ直ぐ私の方を目掛けて走ってくるのだ。そりゃビビる。
 そして躊躇無く振り下ろされる一撃を避けるため、緊急回避。ダイブする形で飛んだので石レンガの床に顔面を強打した。
 ユニの強化魔法があるとはいえ、これは痛い。バリアがあるんだから大人しく受けておくべきだったかな……いや、それはそれで普通に怖いわ。

「いってぇ~……って、タンマタンマ――ッ!?」

 無慈悲にも体勢を崩した私へ怒涛の追撃が開始する。
 今度は流石に避けられず、件の高電圧バリアが視認できる程に青白く瞬いた。
 二撃、三撃と受ける度、バリアの光が徐々に薄くなっている気がして、底知れぬ不安感を煽ってくる。
 あれ、これ割とやばいのでは……?

「ユ、ユニさん!? バリアもう一枚貼ってッ!!」
「二枚が限界じゃ!!」
「なら私の分を祭莉に回してあげて!!」

 スカルエンペラーの奥にマーナさんが見える。
 彼女は状況を冷静に判断し、私の役目であった人形の回収を済ませてくれたらしく、背負ったポーチに器用に収納している。
 てか、最初からこうしていればよかったのでは……なんて思ったり思わなかったりしたが、今は割とマジでそれどころじゃない――ッ!!
 そうこうしている内に七撃目を受けたバリアが、青白い粒子となり霧散する奥で、スカルエンペラーはもう八撃目を振り被っている。まさに万事休す、絶体絶命だ。

「――祭莉、おかわりじゃ!!」

 大剣が私の眼前に迫る寸前で、ユニの叫びと同時に再びバリアが展開された。
 新しいバリアは先ほどまでよりも範囲が小さいく、それで威力が増しているのだろうか、大剣が大きく後方へ吹き飛び、スカルエンペラーも大きく体制を崩した。

「祭莉! こっちへ!」

 振り返るとマーナさんが出口へ向けて走っている。

「う、うん!」

 すくんでしまった足に鞭を打って立ち上がり、私も走り出す。
 目的は達成したのだ、 別にあんな化け物倒さずとも、扉を出れば逃げられる!

 ――だが、どこまでもうまくいかないのが現実という物である。

「――ググギガッ!! ガギガガギグガガガァァァッ!!」

 依然体勢を崩したままのスカルエンペラーが、左腕を逃げる私達へ向ける。
 魔法でも放つのかと思ったが、そうではなかった。
 文字通り“骨を飛ばした”のだ。
 散弾のように放射状に放たれた堅牢な左手の骨が壁を、床を、天井を無残に抉る。

「きゃあ――ッ!?」

 その内の一発が出口目前であったマーナさんの間近に炸裂し、彼女の身体が宙を舞う。

「マーナさんッ!!」
「マーナッ!! くそっ!!」

 バリアのリソースを私に譲った直後だったため、衝撃はもろに食らっているだろう。
 不幸中の幸いなのが、彼女の吹き飛んだ先は扉の方向で、ユニが昨日私にやったように魔法で受け止めていた。
 マーナさんの離脱に一先ず安堵し、残る私もラストスパートを駆ける。

 ――しかし、私の視界がなぜだか下に向けて揺れ動く。

 理由は単純。放骨攻撃により、悪路と化した石レンガに躓いてしまったのだ。 
 前方への運動エネルギーのまま、一メートルほど前方へ転がる。
 出口は間もなくだが、今度は足首を挫いてしまい、激痛で立ち上がれる気がしない。
 そうこうしている間に、更に状況は悪化する。
 先ほど抉れた扉付近の天井が音を立てて崩落し始めたのだ。
 ユニのバリアが、私の直上から降り注ぐ瓦礫をギリギリで防いでくれているが、これもどこまで持つかわからない。

「祭莉、何をしておる――ッ!!」

 ぼろぼろとまばらに落ちる瓦礫の奥にユニたちが見える。

「祭莉ッ!!」
「祭莉……お姉ちゃん……ッ!!」

 みんなが呼ぶ声が聞こえた気がしたが、それは轟音で上書きされる。
 そして微かに見えていたみんなの姿が、私の視界から消えるのはこの直後の事だった。

to be continued.