オリオン・ファンタジア

第十話『剣の精霊戦』

「祭莉ッ!! 返事をしろッ!!」

 ここはボス部屋の外。
 そこには塞ぐ瓦礫を何度も叩き、必死に相棒の名を叫ぶユニ。
 スカルエンペラーの攻撃に吹き飛ばされ、痛みを堪えるように地面に這いつくばるマーナ。そしてもう一人。マーナの肢体に寄り添って、事態を静観するドールの姿があった。

「くそっ……! 何とか言うのじゃ……」

 いくら叫べど中からの返事は無く、小さな賢者はその場にへたり込んでしまった。

(もう、わしが中に入るしか……しかしそれでは――)

 頭の中で、自分自身が課した制約を破るべきか否か、自問自答が始まる。
 他の者たちには「外からサポートをする」という役割のもと、魔法を駆使してサポートに徹していたユニだったが、中に足を踏み入れなかったのには、相応の理由があった。
 それは、精霊は一部例外を除き“別の精霊のテリトリー”に踏み入る事が出来ないという制約である。
 第一世界を守護する精霊のテリトリーこそが、まさにこの瓦礫の向こう側に広がる空間であり、一部例外の条件を満たしていなかった彼女は、祭莉たちと共に中に踏み入る事が出来なかったのであった。

 ――だからと言って、自身に呪いのように纏わりつく使命に従い、ようやく見つけた救世主候補――史上最強の“ファンタジア”を見殺しにするか。それとも最初に交わした契約《やくそく》に従って制約を破り、是が非でも彼女を助けて救世主とするのか。

 前者は言わずもがなだが、たとえ後者を選んだとしても、まだ出会って間もない祭莉を傷付ける事になる――が、自分の中に唯一存在する基準『強欲』からは決して生まれない迷いが、彼女をその場に貼り付けにして離さなかった。

「――大丈夫、です……」

 ふと、か弱い少女の声が発せられる。
 顔を上げて振り返ると、ドールがユニのすぐ隣で立っており、真っ直ぐと壁の向こう側を見据えていた。

「祭莉、お姉ちゃんは……無事……です。お友達が……助けてくれたみたい……」
「……?」

 彼女の言っている事がよくわかっていないユニだったが、そこでドールのしなやかな指先から、魔力の糸が瓦礫の僅かな隙間に向かって伸びている事に気が付く。

「みんな……お仕事、頑張ろうね――【舞踏人形《ダンシング・マリオネット》】」

 凪いだ瞳でドールがそう告げると、通っていた極細の糸に可視化された魔力が、濃緑色の光となって流れ始める。
 通常、魔力とは目には見えない微弱なエネルギー体なのだが、彼女のそれは違った。
 その魔力は常人の物とは一線を画す密度で、不気味な明かりで照らされる空間を美しい光で上書きした。
 それは――かつての魔王のそれと、同じ光を見ているようだ。と、ユニの中にあった疑念が確信に変わった。

「お、お主……やはり魔王の――」
「早く、行ってください……。そう長くは、持たない……ので……。

 それに、中に入る方法。知ってるん……ですよね?」

「うぐぐ……」

 質問を流され、さらに痛い所を突かれたユニは、頭を抱える。そして――。

「ああぁあ、もうわかったのじゃ!! わしが着くまで持ち堪えろよ、ドール!!」

 全てのしがらみを振り払うように頭をかきむしり、ユニが宣言する。
 ドールは無言で頷き、力強く信念を灯した濃緑の瞳で瓦礫の向こう側を見つめ続けていた。
 その信念とはユニも同様に持つ物、それは――「友達を助ける」ただそれだけだった。

 そして駆け出すユニの瞳にも同様に信念が灯る。
 これが彼女の中に、もう一つの未来が生まれた瞬間であった。

        ◇

「気を抜くな。もう一度――」
「……は、はい!」

 私が小さい頃。おじいちゃんのそんな言葉に必死に応えながら、ただひたすらに竹刀を振るい続けた。
 私は、お母さんの顔を知らない。
 と、言うのも。私が生まれた時に、お母さんが亡くなってしまったからである。
 その後、私たち姉妹は仕事で忙しくしていた父に代わって、父方の祖父母に育てられる事になる。
 二人は「技術至上主義」であり、学校が終わった後は自らが講師となって、私たちにいろんな事を教えてくれた。
 今でもいつも優しいおばあちゃんは、得意だった茶道や習字を。そして常に厳しかったおじいちゃんは、剣道や柔道をみっちり叩き込んでくれたのだ。
 当時はただ楽しいからやっていただけだったが、今思い返してみればあの辛い稽古の日々があったからこそ、こうして異世界でも多少は戦えていたのかもしれない。
 まぁでも、流石にあんなデカい奴に丸腰では勝てなかったけどね……たはは。
 はぁ……まだ見てないアニメとか、買ったきり積んでいるラノベや漫画あったのになぁ〜……でもまた来世で楽しめばいっか。

〈――祭莉〉
 あーはいはい、今行くよおじいちゃん。
〈さぁ、もう一度――立ち上がれ、祭莉〉
 よっこいしょ……は〜い、今行きますよ〜。
〈気を抜くんじゃない。敵はまだ目の前にいるんだぞ〉
 あれ、地味に会話成立してるくないかこれ? あ、もしも〜し、おじいちゃ〜ん?

〈さぁ往くのだ、祭莉――〉

 その時、背中を平手で強く叩かれた気がしてハッと眼を覚ますと、私は薄暗くて狭苦しい空間にうつ伏せで倒れていた。
 妙に埃っぽく、乾いた地面の匂いが鼻孔をくすぐると、私は訝しんで不機嫌を露にする。
 背後からパラパラと何かが崩れる音がして、首を少し捻ってみると、背中からわずか数十センチ先に天井から落ちてきたであろう瓦礫が迫っており、何故だかふわふわとその場に浮遊していた。
 一瞬、サイコキネシスにでも目覚めたかと胸を踊らせたが――、その原因はどうやら違うらしい。
 その答えは人形だ。ドールちゃんの人形たちが推定一トン(詳細はもちろん知らない)はあるであろう瓦礫を、ギリギリ支えていたのだ。

「えっ、え? なんで浮いて……てかなんで動いてるの!?」

 とは叫んでみたものの、まぁここ異世界ですから。空飛ぶ人形がいても不思議じゃない、よね?

「って、私も手伝わなきゃ――ふんぬぬぬッ!!」

 狭いスペースの中、体をどうにかねじって仰向けになり、瓦礫を力の限りに押してみる――が。

「いやこれ重すぎでしょ!?」

 瓦礫は想像通り、いやそれ以上に重たく。ユニのバフ盛りコーデに変身中の私が押してもびくともしない。
 それどころか、変に加勢したせいでバランスが崩れたのか、瓦礫が徐々に下がり始める。
 唯一の頼みであった三体の人形たちもプルプルと震えて、もうすぐ限界と言わんばかりのご様子。
 こんな調子では遠くない内に、サンドイッチが出来上がってしまうだろう。

「ちょッ!? タンマタンマッ!! え〜っとひらけごま! は違くてぇ〜」

 一人でジタバタと慌てふためく私を他所に、無慈悲に重力に従う巨大な瓦礫。

 もう――だめだッ!!

 瞼をギュッと瞑って、本当の本当に死を覚悟した私だった――が、その時“光”が瞼のスクリーンの向こうに見えた。
 反射的に目を開ける。それは濃い緑色の眩い光。それが私の頭の方からゆらりと飛来し、人形たちを包み込んだのだ。
 刹那。光のオーラを纏った人形たちが、先程まではジャブだったとでも言うように、瓦礫を軽々吹き飛ばす。
 この間約三秒。そのあまりに奇天烈で呆気ない光景に、私はただただ唖然とするしかなかった。

「は、ははは……助かりました~……はは」

 ふわふわと浮遊する人形たちが、可愛らしく首をかしげる。まるで「あれ、私たち何かやっちゃいました?」とでも言いたげな様子だ。
 ともあれ視界が晴れ、不気味な青い松明に照らされたボス部屋の光景が、再び私の視界を埋め尽くす。
 当然、ここの主――スカルエンペラーも健在。片腕を失って尚、こちらを見据えている。
 人形たちを助けた以上、ここに用はもう無い。だがあいつがおちおち私を見逃してくれるとも思えなかった。
 戦うしか……ない――?
 だがユニがいない以上、私は丸腰。
 恐らく高電圧バリアもさっきの瓦礫を防ぐ際に、既に消失してしまっているだろう。

 ならば賭けてみるしかないだろう――あの最奥の剣に。

 覚悟を決めた私の思考を汲んでか否か、人形たちが私の周りにふわりと集合する。

「私はあの剣を取りに行ってくるから、あなたたちはあいつの足止めをお願いできる?」

 人形に語り掛けるなんていつぶりだろうか、あの頃はもちろん返事などなかったけれど、今の彼女たちは確かに頷ずくと、くるりと身をひるがえして勇猛果敢に飛び立った。
 やがてそれぞれがスカルエンペラーを包囲するように空中で静止すると、小さな両手を前に突き出して濃緑色の光の玉を作り出し、まさに光の速さで射出した。
 撃ち出された光球は、スカルエンペラーの大腿骨に音を立てて着弾する。
 貫通こそしないが確かなダメージがあったようで、スカルエンペラーが大きく体制を崩す。

「はっ、私も行かないと――ッ」

 人形たちの奮闘をつい見入ってしまっていたが、我に返り最奥へ足を向ける。
 一歩、また一歩と進むが、挫いた左足が地を踏みしめると激しい激痛が、疲れた体に荒波のように響いた。

「いッ……! ぐぅぅ、これしきの事でよォォォォォォォ!!」

 痛みをなんとか堪え、走って走って走る。
 ぎこちない足取りで、決して走っているとは言い難い速度ではあるが、ひたすらに走る。

「うわっとと!? よ、よし……!」

 途中、横で繰り広げられる激闘の余波が、ふらふらと歩く私のバランスを揺らがせるが、倒れかける体を痛む足でぐっと堪える。
 足が痛い。だけどこの間も小さな戦士たちが、巨大な敵に立ち向かっていると言うのに、私だけこんなありふれた痛みで立ち止まるわけには行かない!
 走って走って、走って走って走り続けると、やがて目的の色の無い剣の前まで辿り着く。
 もう手を伸ばせば掴める距離。しかし、そこで人形たちの猛攻を振り切ったスカルエンペラーが、背後の私に赫い眼光を向け、咆哮した。
 時間に猶予はない。スカルエンペラーが地鳴りを伴って駆け出す。

「――ッ!? 届けぇぇぇぇえ!!」

 一か八か、突き立った剣へ左手を伸ばし、スローモーションに見える世界の中、決死の覚悟で飛び込んだ。

 そして、柄に指が触れた瞬間――文字通り、時間が静止した。

 私は、指も腕も足も、体中の何もかもが動かせなくなり、先ほどまで鼓膜を震わせていた轟音も、今は静寂に変わっている。
 ただ一つ、ずっと早鐘を撃ち続けている心臓の鼓動だけが、この止まった世界の音を統べているようだ。

 察するに、背後のスカルエンペラーも人形たちも、空中を舞う微小な埃ですらが、等しく静止しているのだろう。
 そんな世界でこうもはっきり意識があると、まるで世界に一人きり取り残されてしまったようで、底知れぬ孤独感が痛い程私の胸に突き刺さった。

 誰でもいい、誰でもいいから話しかけて欲しい。
 そんな事を考えていると、脳内にどこかで聞いたような、そんな優しい声色が響き渡る。

〈よくぞこの剣を手に取りましたね。新たなる救世主よ――〉

『あ、あなたは……?』

 謎の声が続ける。

〈私は七つの精霊神器が一人――剣のエトワール〉
『精霊……? ユニみたいな存在って事?』
〈いかにも、私たちは大戦の英雄――ユニオンが持つ罪の一つ……と言っても、難しく聞こえてしまいますよね?

 今は一刻を争うようなので、単刀直入に言うと。私はあなたと【契約】を交わしたいと思っています〉

『契――約ッ!!』

 何やら神秘的な邂逅中に申し訳ないが、その熟語に秒で反応せざるにはいられなかった。(だってオタクだもの)
 人生で一度は持ちかけられたい事ナンバーワン。それが契約だ。

 多くの人は仕事や普段の買い物で何気なく交わす物だが、私が望むのはそういう物じゃない。
 血の契約。輪廻の契約。闇の契約ッ!! 枕詞にいい感じのワードを付ければ中二心がくすぐられない人類は存在せず、ひとたびそれを結べば大きな力を得る代わりに、何かしらの代償がある――それが私の知る契約なのだ。
 さぁ、このエトワールさんは一体、私に何の契約をお望みなのかな?

〈ふふっ、頭の中でも愉快な人なのですね、あなたは〉
『あれ、口に出ちゃってました……? それで、契約とは……』
〈何も難しい事はありません。私が望むのは【精霊契約】。賢者の力の一端である私を、あなたに“融合”させる。ただそれだけの形式的な物――〉

 おぉ~、そうそうこういうやつですよ、みなさん聞きましたか? 精霊契約ですって! 融合ですって! くぅぅ……!!
 ――だがしかし、ここで舞い上がってはいけない。まだその時ではない。何事もしっかり条件を確認しなければ……。

『な、なるほど……で、私は何を支払えばいいのかな? 片目? 魂? それとも寿命? あんまり痛いのとかは嫌なんですけれどぉ……』
〈ふふっ、話が早くて助かります。私は体の一部や寿命を望むような悪霊ではありませんよ。求めるのはただの、私のように他の世界に存在する六人の同胞と同じように契約して欲しいのです〉
『な、なるほど……?』
〈つまり、私と一緒に宝探しの旅に出かけよう! と言った具合です。きっと杖の精霊にも同じ事を言われて、ここにたどり着いたのでしょう?〉
『急にファンシーだなぁ……。まぁ、似たような事は言われたかな? ユニはオーブを探して……魔王がどうこうと……』

 あれ、さっきおさらいしたはずなのにまた忘れてる……。自分の記憶力の低さに嫌気がさすな。

〈それは、随分と濁した表現をされたのですね……あなたを選んだ理由は何と?〉
『う~んと……地元愛に満ち溢れてるとかなんとか――』
〈ぷっ、あ~はっはっはっは……っ!! ひぃ……ごめ、なさい……! これまたはぐらかされて尚、ここまでやってきたのですね……ふふっ♪〉
『そ、そんなに笑わなくてもぉ……』

 確かに世界を救う者を選定するのに、訳の分からない審査基準だなとは思ってはいたが……。こんな大爆笑をかっさらってしまう程馬鹿げた理由だったとは……後であののじゃロリを問い詰めてやる!!

〈ところで――〉
『?』

 エトワールが急に声を真面目なトーンに戻す。

〈もし、契約を結んでいただけないのであれば、私はあなたを拒み。再び進み始める時間の中で苦戦を強いられる事になります。

 一方、私の願いを叶えてくださるのであれば。私はあなただけの剣となり、いかなる敵も屠り去るでしょう――〉

『えっと、それって……』

 脅迫だ。前者を選べば先ほどと何も状況が変わらないまま、スカルエンペラーと再び対峙する事になる。
 もちろん。考えるまでもなく。ほぼほぼ確実に。待っているのは『THE END』。
 また後者を選べば、私は丸腰の状態から一転、あの雑に強い巨骨と渡り合える力を手に入れて、かつ今まで成り行きだったこの異世界転移に明確な理由が生まれるだけの事。
 そんなの、迷うまでもない――。

『いいよ――結ぶよ、その契約ッ!!』

 こんな事もあろうかと練習していた一番低い声で、契約の成立を告げる。

〈ふふっ、聡明な判断です、救世主よ。あなたが世界を救うその時まで、私と共に参りましょう――!〉

 エトワールの宣言に呼応して、剣が発光する。
 私はその光を知っていた。それは昨日、ユニと初めて会った時に、彼女が現れた時と同じ光だった。
 瞬間。柄に触れていた左手に、想像を絶する激痛が走る。
 正確には手の甲。そこがまるで稲妻が走ったかのように痛みが細胞間を伝播する。

「――ッ、ぁぁぁっ。ぁぁぁぁああああッ!?」

 手が焼ける――まるで、熱せられた烙印を押されるように―。
 腕が燃える――まるで、灼熱の業火に炙られるように――。
 頭が割れる――まるで、何か知らない物が無理やり入ってくるように―――。
 魂が震える――まるで、私に溶けていくように――――。

 やがて永遠のような一瞬の痛みが、嵐のように過ぎ去り。全て苦痛が嘘だったかのように、一瞬で消失する。
 視界の中心にあり続ける左手の甲には、紅色の剣の紋章が血が滲むように、じんわりと浮かび上がる。

〈少々痛かったでしょうか……? ともあれこれで契約は成立です。それでは――存分に私を使ってくださいね♪〉
『あ、ちょっ――――』

 そして、問答無用で世界が動き出す。

 世界が止まる直前。剣の柄に向かって飛び込んでいた私の身体は、思い出したかのように物理法則に従って前に進む。
 だが、さっきまでそこにあったはずの剣は消失しており、そのまま台座を通り越して前方に倒れてしまい、本日何度目かの顔面ダイブにより、いよいよ鼻がもげたのかと心配になってしまう。。

「いっでぇえ!? って、あれ剣……エトワールはッ!?」

 振り返るが、収まっているはずの物を失くし、何の意味も成していない台座だけがそこにはある。
 もしかして幻覚でも見ていたのだろうか。なんて軽く絶望なんてしてみるが、落とした視線の先にある左手の甲には、紅色の剣の紋章がはっきりと刻まれており、先ほどまでの出来事が本当の事であると淡々と告げている。

 焦点が合っていない視界の向こうでは、スカルエンペラーが赫い眼光を向けながら迫る。
 理由はわからないが、私の頭から吹っ切れたように膝をついて立ち上がるように、全身の運動神経へと命令が下る。

 確証はない、だが試さざるにはいられない。
 前方へ紋章の刻まれた左手をかざし、そこに宿る精霊へエーテルを集中させる。
 そして、激痛と共に脳内に記憶に刻まれたその名を、高らかに口にする――。

「顕現せよ――【精霊剣《エトワール》】!!」

 その名を告げた瞬間。どこからともなく発生した光の粒が剣を象って、神器として顕現する。
 それは、先ほどまで背後の台座に突き刺さっていた灰色の剣。
 しかし、今私の手で握られているそれは黄金色に染まり、神々しい輝きを放つ名実共に【神器】だ。
 刀身には稲妻の様な青いラインが走っていて、根拠は無いが、直感的に私専用の証なのだと理解する。

 刹那。スカルエンペラーの拳が、私の立っていた大きな衝撃を伴って座標へ炸裂する。
 無慈悲な一撃。さっきまでであれば確実にこれで死んでいた。が、私はまだ立っている。
 両手で握った直剣を盾にして、火花を散らして鍔迫っている。
 圧倒的な力で押される。捻挫した左足のみならず、もう片方の脚も悲鳴を上げている。
 痛い痛い痛い。だが、今はそれすら煩わしく感じない。

「ひひっ、痛い……痛い痛い痛い痛い痛い――――ッ!!」

 瞬間。右側の力を少しだけ抜き、左足を軸にして身体を翻す。
 たったそれだけの事だが、真っ直ぐ私に向かって迫っていた拳は、突然抵抗が無くなって私の横をかすめて地面に突き刺さる。
 くるりとその場で一貫転する。無論、軸にした左足は挫いているのでズキズキと痛むが、それすらも勢いに変換して隙だらけのスカルエンペラーの右上腕骨へと、回転切りをお見舞いする。
 大きく振り抜いた刀身の軌跡が空中に残る。まさに一閃。
 確かな手ごたえを認識した直後、斬り付けた部分から下の腕骨が地面に崩れ落ち、支えを失った巨骨は私の頭上を通過して倒れ込む。

「はっ、ははっ。あれ、私なんで笑って……?」

 頭の中で徐々に強まる『喜』の感情に疑問を抱き、立ち止まりたくなるが、私の攻撃はまだ続く。
 両足の間に立つ私は、そこからありとあらゆる部位に斬撃を叩き込む。

 右脛骨。
 左大腿骨。
 坐骨。
 仙骨。
 腰椎。
 肋骨。
 胸椎。
 そして頸椎。
 足先から頭へ、背骨に沿ってゆっくりと歩き、ただ進路を塞ぐ骨と言う骨を斬り刻む。

 この圧倒的な余裕。暴力的な優位性。それを可能にするこの力――。
 私は自らが引き起こしたこの惨劇に恐怖して眉をひそめる一方で、可笑しくてたまらないこの光景に口角が上がっている事に気が付く。
 笑っているのは私ではない。誰だ? 誰が私の中で笑っているのだ?
 手元に視線が落ちる。そこには輝く黄金の剣が握られていた。
 エトワールだ。契約の際に言っていた“融合”という言葉と、あの永遠のような激痛。恐らくあの剣は今や私の身体の一部となって左手に納まったのだ。
 そして今。私は前に歩き続けている。痛くて立ち止まろうとしているのに、歩き続けているのだ。
 向かう先には頭蓋のみとなったスカルエンペラーが、眼窩に灯した赫い光で私を見つめる。
 もう立ち止まりたい。でも立ち止まれない。身体が乗っ取られた。魂に憑依された。湧き続ける力の奔流に飲み込まれる。これが、契約――。

 思い返してみれば私とユニは口約束だけで、こんな契約は交わしていなかった。
 ――地面を踏みしめる。
 それはきっと彼女なりの気遣いだったのだろう。
 ――剣の切っ先を骸に突き立てる。
 精霊なんて人知を超えた存在を、ただの人間には手に余る力だと知っていたから。
 ――強制的に全身のエーテルが切っ先にかき集められる。
 だから、私みたいな普通のオタクが扱えるはず無かったのだ。
 ――そして私じゃない誰かが、私の口で。その行為の名を告げる。

「奥義ッ【暴――――――――」

 そこまで告げて、私の身体から全ての力が抜け落ちた。
 まるで糸が切れた人形のように、膝から力無く地面に崩れる。
 感じるのはどうしようもない程の『空腹』ただそれだけ。

(お腹が……空いた……)

 ただ、本当の意味で空腹なわけでは無い。枯渇したのは活力ではなく、もっと別の物だと直感的に理解できたが、思考も鈍くなって、もう指一本動かせる気がしない。
 浅い息を小刻みに吐きながら背後を見やると、先ほど斬り刻んだありとあらゆる骨が、私を中心に円を描いて浮遊していた。

「ギギガガガ……」

 スカルエンペラーの頭蓋が宙を舞い、真っ直ぐこちらを見下ろしている。

「――――ぁ」

 魔物は体のどこかにある魔核がその本体で、これを壊さない限り本当の意味で絶命することは無い。
 ダンジョンに出かける前、アンからこれだけは覚えておけと言われた事である。
 つまり、敵はまだ倒れていなかった。
 浮遊する骨々が、やけに鋭利に尖った断面を私に向けられ、反射的に冷たい脂汗が頬から滲み出る
 その不快な感触を認識したのを最後に、私の意識はテレビの電源を消したように暗転した。

        ◇

 ボス部屋の中心で、祭莉が倒れている。
 まるで事切れているかのように、何の反応も無くその場に身を横たわらせている。
 周囲には大小ある無数の骨々が舞っており、鋭利な先端をある一点に向けてその場で静止する。
 その一点とは当然、祭莉の身体。もっと言えば心臓だ。

「ギガギガガギガ……」

 首から下を失い、頭部だけになって浮遊するスカルエンペラーが、まるで「これで終わりだ……」とでも言っているように、静かに祭莉に向けて呟いた。
 刹那。静止していた無数の骨々は、何を合図にしてか高速で一点へと撃ち出される。
 着弾と同時に轟音と衝撃波が静かな部屋を埋め尽くす。
 辺りに砂埃が立ち込めて、この部屋に存在する全ての輪郭をうやむやにする。
 スカルエンペラーの全身全霊を籠めた一撃。この状況で、この徹底的な過剰攻撃を耐えられる者は、七つの世界を探し回っても存在しないだろう。

 それこそ、救世の賢者でも乱入してこない限りは――。

 だんだんと砂埃が晴れる。
 依然朧げな視界の中、スカルエンペラーは勝利を確信し、雄叫びを上げるべく口を大きく開く。

 「ギギッ――――――――ゴ……?」

 しかし、そこで自身が眩い青白い閃光で照らされている事に気が付く。
 訝しんで自身の眼前、祭莉が倒れていた部屋の中心を見てみると、明らかに壁に掲げられた松明とは別の光が、そこには存在していた。

「――――好き放題やってくれたようじゃな」

 砂埃の向こう側から、声が聞こえる。
 シルエットのみのその人物は、明らかに祭莉とは違う。背が低く、重たそうな布の多い衣装に身を包んでいるようだ。
 視界が明瞭になる。その人物は艶やかな金髪に青白い光を反射させ、光が少ない翡翠色の瞳で真っ直ぐスカルエンペラーを恨めしそうに睨み付けている。

 彼女の名はユニ・オリオン。
 救世の賢者――ユニオンの最後に残った魂が精霊となった、最も在りし日の賢者に近い存在。またの名を【強欲の杖】。
 彼女は自身を中心に半径五メートルの半円状のバリアを展開し、猛攻を凌いだようだ。
 ユニの周囲にはスカルエンペラーとの激戦を乗り越えた人形たちが浮遊している。

「お主らもギリギリ免れたようじゃな」

 その問いかけに人形が小さく頷く。 
 そして足元には傷付いた祭莉が浅い寝息を立てて気絶していた。
 左手を一瞥すると、確かに紅い剣の紋章が刻まれており、ユニは静かに眉を潜める。

「ここに居たのは【暴食の剣】じゃったか――力に呑まれかけた挙句、エーテル切れでぶっ倒れたって所じゃろうか」

 膝をついて埃で汚れた彼女の頬を撫でる。すると杖の精霊は一瞬だけ優しい笑みを浮かべた。

「そなたはそこで休んでおれ。――さて」

 既に黄色の魔法陣が展開された杖を手中に生成し、その先端を浮遊する巨大な頭蓋に向ける。

「お主、この部屋の主が用意したボディーガード……というわけではあるまいな? どこから迷い込んだかは知らぬが、ここは精霊の聖域故。滅びてもらうぞ――」

 瞬間。黄色い稲妻が生み出され。枝分かれしながらスカルエンペラーへと放たれる。

「――――――ギガガッ!?」

 迫り来る雷を咄嗟に回避を試みる。が、わずかに間に合わずに頭蓋の左半分に直撃して黒く焦げ付く。
 その様子を見て、ユニは楽しそうに関心を露にする。

「ほぉ、頑丈なやつじゃな。では――これは耐えられるか?」

 今度は杖を丁度スカルエンペラーの真下に向けると、どこからともなく赤い魔法陣が出現する。

「さぁ、耐えられるものなら耐えてみるといい――」

 冷めた声で告げられると魔法陣から吹き上げた灼熱の業火が、情け容赦なく巨大な頭蓋を包み込む。
 一瞬で灼熱の業火に晒されたスカルエンペラーの魂が、音を伴わずに絶叫している。
 その光景は文字通り地獄絵図であり、ユニは仇敵が燃え尽きる数秒の間を瞬き一つせずに見据えていた。

 数秒後。ユニが杖を下したのと同時に魔法陣と焔が消失する。
 先ほどまでスカルエンペラーが浮遊していた眼前の空間には何も無く。代わりにその直下に真っ黒な塵の山が焦げ臭さを纏って積みあがっていた。

「――ふんっ、雑魚め。さて……」

 続け様にユニは入り口を塞ぐ瓦礫へ杖を向ける。

「本当は爆発系の魔法で吹き飛ばしたい所じゃが、ドールとマーナが近くにいたらイヤじゃからな……よし」

 深呼吸をして慎重に杖先の狙いを定めると、入り口を塞いでいる大きな瓦礫を取り囲むように紫色の魔法陣が複数展開される。

「狙いは完璧じゃな、後はやり過ぎないように……」

 杖にエーテルを籠めて魔法を行使すると、それに呼応した魔法陣が発光して激しい振動を瓦礫に与える。
 ある一点で亀裂が生まれると、それに連鎖するように亀裂が全体に走り、やがて瓦礫が粉々に崩壊する。
「そこじゃ!」

 瓦礫が崩壊する瞬間に向こう側にいたドールとマーナを視認し、彼女たちの周りにもバリアを展開して破砕の衝撃から守る。
 数秒後。崩壊が落ち着いたのを確認し、二つのバリアを同時に解くと、ドールが入り口から息を切らしながら走ってくる。

「はぁ、はぁ……! 祭莉……お姉、ちゃ……ん!」

 到着するや否や倒れる祭莉に駆け寄り、手に宿した優しい淡い緑の光を目視で確認できる範囲の患部にあてがった。

「何をしておるのじゃ?」

 ユニが純粋な疑問を投げかける。
 その頃には浮遊していた人形たちの手にも同じ光が灯っており、主人を手伝うように小さい傷口に光を当てていた。

「簡単な、回復魔法……です。応急処置くらいに、なれば……と」

 脇目もくれずに必死に傷付いた祭莉を慮る気持ちはひしひしと感じるが、ユニはどうにもまだドールの事が信用ならなかった。
「――その子の魔法は……本物よ」
「……?」

 声がした方を見やると重症だったマーナが自立して歩み寄ってきていた。

「ま、マーナ! 動いて大丈夫なのかっ!?」
「体中痛むけど……折れた骨もドールにくっつけてもらったわ。いてっ……」

 元気の証として首を回して見せようとするが、痛みが走ったらしく表情を曇らせる。

「あ、あんまり無理をするでない……! しかし、わしがあの場を離れた間だけでここまで回復するとは……」
「得意……なん、です。こういう……優しい、魔法」
「ぷっ、ははは。お主らしい……ど、ドール」

 ユニが照れながらも真剣な声色で濃緑の少女の名を呼ぶ。

「は、はい……?」
「祭莉――いや。相棒を、助けてやってくれ」

 ユニは帽子を脱いで、ドールに頭を下げて懇願する。
 正直、戦うための魔法しか扱えないユニにとって、この状況下で彼女が居てくれたという事実が何よりも幸運であり、最初こそ邪険にしてしまったものの、彼女の内にある信念を垣間見た事により、ドールを信用足る人物だと判断しての行動だった。

「も、もちろん……です! あ、頭を上げて……ください!」
「ふふっ、結構律儀じゃないっ、ててて……」
「ちゃ、茶化すでない! さて、わしはこやつが起きたら喜ぶ物でも拾ってくるとするか」

 祭莉をドールに任せ、ユニは依然焦げ臭さが立ち込るスカルエンペラーの灰の山におもむろに登る。

「ちょっと、危ないわよ!」
「大、丈……夫っと、わしなんなら浮けるしな――お、あったあった……ふんぬぬぬぬぬっ!!」

 灰に両手を突っ込んで、何やら踏ん張るユニ。その姿はさながら大きなかぶである。

「もう、何やってるのよ?」
「んぎぎぎぎッ――とりゃぁぁぁぁあ!!」

 渾身の叫び声の後、ユニが灰の山から拾い上げたのは……巨大な赫い球体だった。

「ぇ……え? それって……まさか…………魔石?」
「そうそうこれじゃよ! これを見れば祭莉も腰を抜かして喜ぶに違いあるまい!」

 あまりにも規格外のサイズの魔石に、マーナがフリーズする。
 祭莉たちと合流する前に倒したスケルトンたちから取れた魔石は、せいぜいビー玉くらいであり、それが一般的なサイズ感である。
 が、ユニが抱えるそれは対面では彼女の小さな体が隠れてしまうほどのビッグサイズ。冒険者になってそれなりになるマーナですら、そんな代物は見たことも聞いたこともなかった。

「い、一回落ち着くわね……。すぅ〜……はぁ〜…………。いや、大きすぎるでしょ!――って、いたたた……」
「そんな大声を出すでない。しかし……これをどう持ち帰ったものかのぅ……」

 足元に注意しながら灰の山を下り、自身の抱える巨大なお宝を今一度見て途方に暮れたような声をあげる。

「それなら……なんとか。なると、思いますよ……」

 ふとドールが口を開く。
 祭莉の治療を人形たちに任せて、こちらの話に混ざった彼女は、巨大な魔石の奥を何やらじっと見つめている。

「まだ……あの大きな骨さんの魂が。中で、生きていますね……滅しますか?」
「あなた……そんな可愛い顔して中々怖いことを平然と言うのね……」
「ま、まぁまぁ……ドール、頼めるか?」
「……は、はい!」

 ユニが細心の注意を払い、魔石をゆっくりと地面に置く。

「……では、始めます――っ!」

 ドールが魔石に触れる。
 瞬間。魔石の内側から激しい閃光が発生し、部屋全体を激しく包み込む。
 光が止み、目を強く瞑っていた面々が正面を見ると、そこに巨大な魔石の姿はどこにも無く、ただドールが立っていた。

「ま、魔石は? まさか失敗したの?」
「い、いえ……ここに、あります」

 二人に歩み寄るドールが右手の平を二人に差し出す。
 そこには野球ボール大くらいになった赫い球体が収まっており、本体と同じ赫い禍々しいオーラを放っていた。

「う、うわっ……なんなの……この魔力密度は……」
「魔力を、圧縮して。もっと圧縮して。そこからさらに、圧縮して……。このサイズに、なりました……っ!」

 なんだか誇らしげにドールが鼻を鳴らすが、マーナは目の前で起こっている全てに驚愕して声も発せなくなっていた。

「これ……祭莉、お姉ちゃんに……渡してあげて、ください」

 ドールが魔石をユニに手渡す。

「あぁ、そうするよ。ありがとうな、ドール」
「い、いえ……その……お、友達を……助けてもらった、お礼。なので……」

 真正面から感謝を告げられ、赤らんだ頬を両手で必死に隠すドール。
 ユニはそんな彼女を見て笑った。

「さて、そこで伸びてる救世主を抱えて、戻るとしようか」
「えぇ是非そうしましょう、私もドールのおかげでかなり回復したわ、ありがとうね」
「や、やめて。くださぃ……! 褒められるの、恥ずかしぃ……」

 短くも長く感じた激戦を経て、ボス部屋を後にする三人と一匹。
 ちなみに祭莉の体は、ユニの浮遊魔法を付与されて空中をぷかぷかと浮かされた状態で運搬されている。
 帰りの道中、何度かスケルトンの残党とエンカウントしたが、一連の件で何かが吹っ切れたユニの魔法により蹂躙され、割と安全に外まで続く洞窟を進む。

 そんな中、ドールの胸中にはユニの何気ない言葉が引っかかっていた。
 それは『救世主という言葉の真意』について。であったが、彼女の性格上の問題と、祭莉と杖の精霊に接触した理由を加味して、この場では沈黙を貫き通す事を決めるのだった。

to be continued.