オリオン・ファンタジア

第十一話『アン=エトワール』

 地下に広がるダンジョンの入り口は、街の東側に位置している。
 祭莉を救出してからおよそ一時間ほどが経ち、ようやく地上に到達した一行を待っていたのは、思わず目を瞑りたくなるほどの眩い夕日だった。

「じゃあ二人とも、わしはこやつを連れて先に家に帰らせてもらうのじゃ」

 浮遊魔法でぷかぷかと浮かぶ祭莉を親指で指すユニが、ここまで同行してくれたマーナとドールへ告げる。
 出口に至るまでの道中。ドールが治癒魔術を施していたお陰か、マーナが負っていた負傷もすっかり癒えて、今ではすっかり元気そうに尻尾を振ってドールの足元を歩いている。

「そう、なら今日はここで解散ね。まったく……あなた達と一緒だと命がいくつあっても足らないわね……」
「うっ……返す言葉もないのじゃ……」
「じゃあ私も今日は帰るから、ギルドへの報告は祭莉が元気になったら行ってきなさい」
「あぁそうするのじゃ。二人とも今日は……その、助かった……のじゃ」

 ユニが照れくさそうに頬をかく。

「なら早く眠り姫を家に連れて行ってあげなさい。その……すごく目立ってるから……」
「ぬ?」

 言われて辺りを見回してみると、確かに通行人たちの視線を独占している事に気が付く。
 これは単に空中をベッドにして眠っている祭莉が、大道芸か何かと勘違いされているのだろう。終いには群衆の奥から驚きの声や歓声が湧き上がり、このままではチップを投げられるのも秒読みだ。

「そ、そうさせてもらうのじゃ……! じゃあ二人ともまたな~!」

 ピュ~! という効果音を纏い、ユニが逃げるようにその場を後にする。
 その背中を見送ったマーナは、傍に立つドールを見上げてみる。

「嵐みたいな子ね……で、さっきから口数が少ないけど、どうかしたの?」
「へっ……!? あ、その……少し、考え事。でした……!」

 ユニと祭莉に向けて小さく振っていた手をもう片方の手で包み込み、オロオロしたドールがそう答える。
 倒れていた際に微かに見えた彼女の姿は、凛々しくも力強い物だったように見えたが、今の彼女は出会った時のか弱い小動物に戻ってしまっていた。

「そう? ともかく私たちはギルドへ行って換金を済ませましょ」
「は、はい……っ!」

 ドールの変化よりも、疲労感と空腹感に思考を占有されていたマーナは、それ以上追及する事はせずにギルドまでの道のりを先陣を切って歩き出す。早い所アンが作った肉抜きバーガーを食べて泥のように眠りたい。そんな気分だった。

 ギルドまでは徒歩で数十分。その間マーナはもう一つ今日中に向き合わなければならない問題に思案を巡らせていた。
 それは後ろを歩くドールについてだ。
 恐らく正規の冒険者ではないだろう。そんな彼女が入るたびに中の構造が変化するダンジョンの、それも最深部に位置するボス部屋で気を失っていたのか。そもそも入り口に検問のあるダンジョンにどうやって入れたのか……?
 考えれば考えるほど謎が深まり、全く働かない頭で考えるにはあまりに重大な問題過ぎた。

 本人に直接聞いてみようか? そう思い後ろをチラッと見遣る。
 周りの通行人に怯えたように人形たちをぎゅっと抱きしめて、トボトボと下を向いて歩くドールの姿が映る。

 いや、やめておこう。今日の所はお互い疲れているのだ。また今度元気な時に聞けばそれでいい。
 しかし、彼女をどこへ送り届ければいいのだろうか。これは流石に後回しにできない。
 ユニめ、そんなつもりはないと思いたいが、存外面倒な後始末を押し付けてくれたものだ。マーナは少しだけあの嵐のようなのじゃロリを恨めしく思う。

 あと数分のこの道すがらで、知り合いでも出てきてくれたらもうその人物に丸投げできるのに……。
 命の恩人であるドールの処遇についてもっと真剣に考えるべきところを、ここまでおざなりに考えてしまう自分も大概であるなとマーナは苦笑した。
 そんな時だった。


「あぁぁぁぁああ!! やぁぁぁぁっと見つけましたぁあ!!」


 と、耳を劈かんばかりの喧しい少女の声が通り一体に響き渡ったのだ。
 その声に不快感を感じ、眉間にしわを寄せたマーナが声の方を振り返ると、もうすでに声の主は目の前に立っていた。

 こちらを真っ直ぐ捉える鋭くもまんまるなイエローの瞳。鳩尾に何かのダイヤルのような独特の装飾のある露出の高い服装。
 彼女から溢れ出るパッションは、夕日を反射し眩く輝く明るい金髪のツインテールを忙しなく靡かせているためか、それとも口元に見え隠れする八重歯のせいだろうか。
 そして何よりも目を引くのは額から伸びる角。マーナはその角に見覚えがあった。

 慌ててドールを見てみると、彼女はものすごく不機嫌そうな顔で少女を睨み付けていた。

「もぉぉぉぉおお、ドールちゃん勝手にどっか行っちゃうんすから!! 探したっすよぉぉぉぉおお!!」

 少女はドールの肩を鷲掴みにし、ブンブンと前後にヘッドバンキングさせ文句を垂れる。
 数秒振り回された後、不意にドールの右の拳が少女の側頭部に音を立てて炸裂した。

「――いっっっったぁぁぁぁああ!?」

 相当痛かったのだろう、少女は後方へ倒れ込んで殴られた部分を抑えて悶えている。というか叫んでいる。

「お、お前……! よくも、私を置いていって、そんな事……い、言えますね……!」

 拳に力を込めたままゆっくりと倒れる少女に詰め寄るドール。そんな彼女を人形たちがなだめようとしているが、止まる気配は無さそうだ。

「ちょ、ちょっとドール。落ち着きなさいって!」

 しかたないとばかりにマーナが二人の間に割って入る。

「マーナさん……どいて、ください……! そいつ……殺せない!」
「街中で騒ぎを起こさないで頂戴!! また注目されてるから!!」
「……へ?」

 マーナに言われてふと我に返ったドールが辺りを見回す。
 道のど真ん中でこれだけ騒いだのだ。先ほどのユニたちの比じゃないくらいの通行人たちが足を止めて、揉め事の顛末を見届けるべく野次馬になっているではないか。

「――――――――ッ!!」

 その状況をドールの脳が理解すると、彼女は顔を真っ赤にしてその場にうずくまってしまった。
 すかさず人形たちが彼女の頭を撫で始めるが、マーナにはその光景が「だから言ったじゃない」と諭されているようにしか見えなかった。

「ちょっとあなた大丈夫? ドールの知り合いなのかしら?」

 一旦岩となったドールは人形たちに任せ、マーナは依然倒れ込む少女の傍らに駆け寄った。

「……はっ! とうっ!!」

 一瞬沈黙があったが、急に覚醒し軽やかに飛び起きて仁王立ちをする。

「いかにも! ドールちゃんのマブダチであり魔王四天王が一人! ガチャって言うっす!! よろし――んぐぐっ!?」
「……ぁ! お前、それは……!!」

 ガチャと名乗る少女の威勢のいい自己紹介が通りに響くが、それは途中で慌てた様子のドールによって口を塞がれてしまう。

「そ、そう……よろしくねガチャ。私はマーナよ。ところで魔王四天王って……?」
「こ、こいつ……ちょっと、子供っぽい……ので! ごっこ遊び。よくやるんです……!!」
「んぐぐっ! んぐぐぐぐっ!!」

 かなり強く口を押さえつけているのだろう、ガチャの痛そうな叫びがドールの手を貫通して漏れ出てくる。

(う、うるさい……です! もう、永遠に……喋れないよう。口を縫い付けて、やりましょう……か!!)
「んぅ~……」

 それでも暴れるガチャに対し、彼女の耳元で脅迫じみた言葉を囁くと、ガチャはそれまでの抵抗をやめて大人しくなった。

「あ、ははは……仲良しなの……ね? じゃあ今日の所は二人で帰れるかしら?」
「は、はい! きょ、今日はありがとう……ございました! ま、祭莉。お姉ちゃんにも……ありがとうと、言っておいてください……!」
「ぷはっ! よくわかんないっすけど、ドールちゃんがご迷惑をかけたっす!!」
「っ! 黙って……!!」
「んんんんっ!!」
「な、仲良くね……じゃあ私は行くから、気を付けて帰るのよ。もうダンジョンで倒れないでね」
「す、すみませんでした……さ、さようなら!」

 ガチャの口を押さえつけたままぺこりとお辞儀し、歩いてきた道を戻るドールとガチャ。
 結局何者かはわからなかったが、マーナの知る中でも一二を争うにキャラの濃いコンビと邂逅してしまった。
 もちろん首位争いをしているのは、数十分前に別れたあの二人の事である。

 この数日で、おもしろい友人が増えた事が嬉しくなり、自然とマーナの顔が緩む。


        ◇


 程なくしてギルドに到着し、カバンに入れていた魔石を受付で換金し、そのお金を持って親友の待つ店に戻る。
 いつもの植物採取クエストの倍以上の稼ぎを得られた。今日は久々に大盤振る舞いと行こう。なんなら仕事を斡旋してくれたアンに何か奢ってあげるのもいいかもしれない。(作るのは彼女だが)
 そんな事を考えて商店街にあるラット・ライク・バーガーの扉をいつものように身体全体で押す。

 が――鍵がかかっていた。

 扉に掛けられた看板を見上げると、そこには珍しく『CLOSE』と記されている。
 約一年前にアンと出会ってから毎日通っているが、店が閉まった事なんて一度もなかった事だ。
 いろんな可能性を考える一方で、マーナの身体は自然と店の裏手にある居住スペースの玄関へと向かっていた。
 こちらはもちろん鍵がかかっていたが、予め何かあった時のためにと渡されていた合鍵で開錠し、アンの部屋へと向かう。

「きっと、具合が悪いとかよね……?」

 恐る恐る部屋の扉を開ける。しかし、アンの姿はそこには無かった。
 部屋には乱雑に物が置かれているもののこれは元からであり、特に荒らされた様子もない普段通りの光景だ。
 ただ一点違う事があるとするならば、床に書置きが落ちていた事くらいだろう。
 ふとそれが目に止まり前足で手繰り寄せて


『ちょっと南西の森に攫われてきます!
 助けてマーナちゃん!
              アンより』


 書置きには確かにアンの丸っこい字でそう記されていた。

「なんなのこれ? いたずら……?」

 内容だけ見れば、アンが攫われたと取れるこの文章。
 以前、マーナが店でくつろいでいた時。アンが彼女の横で店の前に出す黒板を書いていた事があった。その際マーナは「丸くて可愛らしい字を書くのね」と言って茶化した記憶が確かにあるため、この怪文書がアン本人が書いている事は明白だった。

 それに、遠征に出かけている店長から任されている大事な店を、予告なしに休むのは考えられない。
 もしこの書き置きに記されていることが本当なのだとしたら……。

 考えれば考えるほど嫌な方向に思考が傾くが、いたずらっぽいアンの事だ、祭莉たちの件のようにまた何か企んでいる可能性も十分ある。

「はぁ……一応、行ってみようかしら」

 疲労感はあるものの、スカルエンペラーとの戦闘で負った傷は、ドールのお陰ですっかり癒えている。
 マーナはもう一度ため息を吐いて家から出ると、書置きに記されていた南西の森に向かって駆け出した。

 大丈夫ならそれでいい、いたずらだったとしても文句の一つでも言ってやれば気が済む話だ。
 たとえ本当に攫われてようが、かつて【月喰みの魔狼】と呼ばれた自分が、誘拐犯など返り討ちにしてくれよう。
 と、そんな事を考えながら、左側面に佩いた刀の重みを感じるように身体を震わせた。


        ◇


 最初の記憶は、一本の色の無い剣が地面に突き刺さっているだけの、薄暗い広い空間だった。
 身体がやけに重い事に違和感を感じて視線を下げてみると、大きく損傷した軽装な鎧を身に着けている。
 チェストプレートの下に手を入れると、胸は微かに膨らんでいて、大きく裂けたひざ丈のスカートを履いている事から、自分が女性である事がわかる。
 だが彼女は自分が何者であるのか、知らなかった。

「私は…………誰?」

 記憶を失っているのだろうか? それすらも今の少女にはわからない。
 自分は一体どこから来たのか、自分は何者か、そして自分はどこへ行けばいいのか。
 そんな哲学的な問いが頭を埋め尽くすが、当然答えなど出なかった。
 だが、目の前にある色の無い剣からは何故だか親近感のような物を感じ、おもむろに華奢な手でその柄を握ってみる。

「――っ!」

 瞬間、何かが頭の中に入り込む感覚を感る。
 流れ込む情報へと意識が吸い込まれ、瞳孔はみるみる開き、呼吸が浅くなる。
 だけど、少女はその感覚に不思議と温かさを感じて、やがてそれを受け入れた。


〈こんばんわ、お嬢さん〉

 突然、どこからともなく声が聞こえる。
 どことなくその声色は自分の声と酷似していて、それが脳内に響いている感覚に若干の不快感を覚える。

『こ、こんばんわ……? えっと……あなたは……?』

 投げかけられた挨拶に反射的に答え、謎の声に対し対話を試みる。

〈私は七つの精霊神器が一人――剣のエトワール。この部屋に何千年も引きこもっている精霊です。そちらのお名前は?〉

 何やら聞き覚えの無い単語を並べられたが、どうやら会話は成立するらしい。

『私の、名前…………』

 問いに対し、数秒押し黙って思案を巡らせる。が、自分に関する事が何も思い出せない少女に、その答えを出す事はできなかった。

『私、何も覚えてなくて……』

 あまりに空っぽな自分が悲しくて、涙を堪えながらありのまま正直に話す。

〈まぁ記憶が無いのも無理がありません。あなたはここで一度死んだのですから〉

 気持ちに追い打ちをかける衝撃的な内容が、あっさりとした口調で語られる。

『ぇ……。私、死んだの……?』

 哀痛に耐えていた心が跳ねる。
 嫌な汗が首筋を伝い、背筋が凍った。

〈えぇ、今しがた突然やってきて、私の前で息絶えたのです。もうあまりにもショッキングな出来事過ぎて、腰が無いけど腰を抜かすかと思いましたよ〉
『嘘――――じゃあ、今の私は何なの……?』

 心臓は確かに拍動し、体温も感じている。それならば、今の自分は本当に何なのか……思考はさらに深みにはまりそうだった。

〈あら、冗談を言うタイミングではありませんでしたね……今のあなたは私の眷属。あなたの魂を私の一部と融合させて再び命を与えたので“半精霊”とでも言いましょうか。融合した影響で少しだけ私の特性が継承されてますが……〉
『半……精霊。そっか、そうなんだね……』
〈あまりに呑み込みが早いのですね? こんな突拍子もない話、もっと疑われるとばかり……〉
『確かに信じられないけど、あなたが嘘を言っていないのはわかるから。だから信じるの――』

 優しくそう語りかけ、少女がさらに続ける。

『ところで、あなたは私に何かやってもらいたい事があるんじゃない? 私たちが繋がっているからか、そんな気がするの』
〈ふふ、本当に話の早い眷属で助かります。あなたには私を手にする資格のある救世主――“ファンタジア”を見つけ出し、ここまで導いてほしいのです〉
『救世主? ファンタジア……? 聞いた事がないな』
〈大丈夫。きっと見たらわかります。それに、運命の歯車はもう動き出しているのだから――。さぁ、お行きなさい。次に会う時にあなたの口から名前が聞ける事を楽しみにしています〉
『うん、約束するよ。またね、エトワール――』

 しばらくして剣から流れ込む温かな感覚は消えてしまう。
 その一連の会話は、時間にするとほんの数分の事であったが、少女としてはとても長い時間だったように感じた。
 眼前には今しがた言葉を交わした剣の精霊――エトワールが、依然として突き立っているが、もう語り掛けてくることは無さそうだ。

「さてと、早速外へ――」


 ぐぅぅぅぅ~……


「外へ……ご飯を食べに行こう……!」

 スカートに付いた埃を払いながら立ち上がって踵を返す。
 足元から続く深紅のカーペットを視線で辿った先にある巨大な扉は開け放たれており、まるで少女の往く道を示しているようだ。
 少女は迷う事なく部屋の出口へと、段々と増していく飢餓感に耐えながら歩み始める。
 その後ろでは色の無い剣が、言葉もなく眷属の旅立ちを見届けていた。


        ◇


「ん~……むにゃむにゃ……まだ食べれるよぉ……」

 南西の森の獣道をゼムリャーが力強く歩いている。
 彼の巨大な上腕二頭筋には、歩き疲れたアンが座っており、いつの間にやら居眠りをしていた。

「おぉ~い、アンよ。もうすぐ着くぞ?」
「ふぇ? 私の特大バーガーは……?」

 口元には涎が伝っており、それが雫になる既の所で口の中に吸い戻した。

「寝言は寝ながらで頼む……さぁ、見えて来たぞ。あれこそが我が軍の前哨基地だ」
「……? おぉ~!!」

 木々の隙間から明らかな人工物が見えてくる。
 さらに近付くと簡易的ではあるが堅牢そうな壁が聳え立ち、程なくして唯一の入り口である検問所へと到達した。
 そこには機巧型の機械生命体が門番として立っており、ゼムリャーは彼の前で止まると、ここの最高責任者ではあるが一応規則に則って自身の識別番号を述べた。

「個体識別番号LVL-MS3戻ったぞ。伝えておいた協力者も一緒だ」
「協力者のアンで~す♪」

 アンは呑気に手を振ってみる。

『識別番号照合中――照合完了。オカエリナサイマセ、隊長。ヨウコソ、オ客人』

 門番のロボットが手を振り返すでもなく、プログラムされた動きで敬礼する。
 その塩対応を受け、アンは少し恥ずかしくなり、手をそっと引っ込めた。

「我が留守の間、誰か来たか?」
『肯定/11,236秒前二現地協力者ガ。3,647秒前二アダム様――訂正/アダム少佐ガ、イラッシャッテマス』
「む、何故言い直したのだ?」
『回答/アダム少佐ガ、任務中ハソウ呼称スルヨウ二ト』
「なるほどな。しかしタイミングが悪い……」
「アダムって、以前話されていた?」
「あぁ、我が仕える帝国の王子だ。上層部は第三世界侵攻にご執心と思っていたが、我が君はそうではないらしいな」

 ファーストシリーズであるアダムとイヴが誕生した二十一年前。そんな王子と王女を守護する目的でゼムリャーたちプラネットシリーズが誕生した。
 生まれた瞬間からたった一つの使命を全うするために行動していたゼムリャーにとって、アダムは絶対的な存在であるが故に、今この場にいられると困る。

「とりあえず中へ入ろう。アダム様には宴が始まってしまう前に出て行ってもらうさ」
『質問/宴――アノ作戦ガ、遂二決行サレルノデスネ』
「あぁ……。お前含めた部下たちを、我のわがままに突き合わせるのは忍びないが……堪えてくれ」
『回答/我々ハ隊長ノ行ク末二ドコマデモオ供シマス』

 片言の機械音声で、自身の忠誠を示す門番。感情モジュールを搭載していない一般兵であるため、それはきっと演算領域に刻み込まれた命令から出た言葉なのかもしれないが、何故だかゼムリャーはその言葉に温かみを感じていた。

「そうか……ありがとう、戦友よ。待たせて悪かったな、さぁ中へ行こう」

 ゼムリャーは門番へ向け敬礼をして、担いでいたアンを地面に降ろすと、大小複数のテントが所狭しと立ち並ぶ前哨基地の中へ歩みを進めた。
 横を歩くアンは、ゼムリャーから勇ましいオーラが放たれている事に気が付く。それは歩き方が先ほどまでの物と変わったからだろうか? それとも険しくなった顔つきからか。詳しくはアンにもわからないが、とにかく彼女はそんな気がして「本当に軍人さんなんですね」と、思わず小声で投げかけた。
 すると、目線だけこちらにやったゼムリャーは目元だけ緩める。その表情は何とも悲しげだった。

「そうさ。生まれた時はこうなるとは予測もしていなかったがな――さぁ、ここ本部だ」

 検問所から真っ直ぐ歩く事一分。機械仕掛けの女神の紋様が織り込まれた軍旗が掲げられ、側面に『01』と書かれた一際大きなテントの前でゼムリャーが立ち止まった。

「出来るだけ我に話を合わせてくれ、我が君にだけはこれから我がやろうとしている事を知られたくないのだ。聡明な君なら容易だろう?」
「えぇ、私にも果たさねばならぬ約束がありますから。いい子ちゃんしてますよ♪」
「よろしい。では行こうか――」

 意を決して中へ入ると、そこには数体の機巧型の機械生命体に囲まれ、何やら会話をしているアダムの姿があった。

「これはこれはアダム様! またいらっしゃったのですな!」

 先ほどまでとは打って変わり、明るい声色でアダムに声をかける。

「おぉ、戻ったのかゼムリャー……そちらの女性は?」

 ゼムリャーの声を聞き、笑顔になったアダムだったが、彼の横に立つアンを見るなり一瞬で警戒心を露にした。
 アダムは昔から勘が鋭い。ここで言葉を間違えれば計画が全て水の泡になってしまう。
 ゼムリャーは表情こそ変えず、逡巡して最適な言葉を紡いだ。

「彼女はアン。この世界の情勢に詳しい情報屋なのです。力任せしか脳の無い我が、社会基盤の確立したこの世界の侵略を完遂するためには、情報が重要だと思いましてな」
「はじめまして、アンと申します。情報屋やってま~す♪」
「ほぅ、情報屋か……俺はアダム。メカニス=デア=マーキアの王子で、軍では参謀をしている」

 アダムがアンの前までやってくると、そのまま手を差し出した。
 アンは笑顔を崩さぬままに、そっとその手を握る。

「アンか、覚えておこう。ところでゼムリャー、何故彼女をここに連れて来たのだ? ここの所在も情報として売られてしまうぞ?」

 アダムが冗談を交えて問うてくる。それが逆にアンとゼムリャーの心を揺さぶった。

「はっはっは! そりゃ堪りませんな! アダム様もご存じの通り我の感情モジュールは少々暑苦しいのです。情報提供者としてですが、共に戦う戦友として。彼女に我々の事を知ってもらいたかった」

 ゼムリャーは動じず、むしろ主君の冗談を笑い飛ばし、それらしい理由を並べてみせた。
 それを聞きアダムが口元を手で抑える。
 これはアダムが何か考え事をする際の癖だ。流石に無理が過ぎたかとゼムリャーが肝を冷やす。

「……なるほど。確かにあなたらしい理由ではあるな」

 肩をすくめ、アダムがゼムリャーに笑いかける。
 長年の付き合いでゼムリャーが持つ感情モジュールの特性を理解していたアダムが、彼ならやりかねないと判断したようだ。
 ゼムリャーは、今ほど自分でも鬱陶しく思うほどの、暑苦しい性格でよかったと思った事はなかった。

「しかしアン、くれぐれもここの事は内密に頼みたい」

 和やかな表情のまま視線をアンに移して、アダムが釘をさしてくる。

「えぇ、承知しております。大佐はお得意様ですから、私も信用を失いたくありません」

 淡々とアンが答える。

「それが聞けて安心した。ではゆっくりしていってくれ、悪いが俺は本国に戻らねばならない」
「陛下からの招集ですかな?」
「あぁ、ここ最近呼び出しが多くて堪えるよ。俺も休みが欲しいね」

 よくも最高指導者の悪口を部下たちの前で叩けるものだ。
 しかしゼムリャーは、あの事件より前のかつての彼が、そんな性格だった事をよく知っている。
 久々にそんな彼の一面を垣間見て、胸の奥から熱い物が湧き上がるのを微かに感じた。

「一日でもアダム様が休めるよう、我々も力を尽くさせていただきましょうぞ」
「そんな日が来る事を願っているよ。では、行ってくる」
「大いなる“機械たちの神”の為に――行ってらっしゃい、我が君」

 その場の全員が敬礼(アンもみんなに倣って真似ている)をし、アダムがテントを出て行った。

「……もう、喋っても大丈夫ですか?」

 敬礼をしたまま固まっていたアンが、耐え切れず口を開く。

「あぁ、よく話を合わせてくれたな、情報屋よ」

 腕を下ろしたゼムリャーが答え、アンを見下ろす。
 一山越えたからか、顔の険しさは和らいで眩しい笑顔が戻っている。

「もぅ……設定を道中ですり合わせられたら、もっとうまくやれたのにぃ~!」
「それは……君が眠ってしまったからであろう?」

 子供っぽく文句を垂れるアンに、ゼムリャーがタジタジにされる。
 後方からは部下のロボットたちがこちらを黙って注視しており、見られたくない姿を晒してしまったゼムリャーは、大きく咳ばらいをして無理やり会話の主導権を握る。

「……さて、舞台は整ったな。奴らはどうしているんだ?」

 ゼムリャーが後方の部下たちに問う。

『回答/第13番テントニテ、パワードスーツノフィッティング中デス』
「よろしい。では、今は待つとしようか。我の求める猛者を!」
「じゃあ私は……一応攫われてるのですし、縄で縛られたりしましょうか?」
「い、いや……ここに居てくれるだけで十分だ……!」

 やはりタジタジになるゼムリャー。どうやら普段機械たちとしか会話を交わさないため、アンくらいの若い女性との会話に慣れていないようだ。
 テントの外の空は、すっかり夕日が沈んで冥色に染まって星々が輝きだしているが、月はどこにも見当たらない。
 今夜は新月。夜空にあるはずのその衛星は、一体どこの狼が食べてしまったのだろうか。


        ◇


「――――はっ!?」

 目の前に広がっていたのは、知っている天井だった。
 ボス部屋で気絶していたはずの私だが、いつの間にか自分の部屋まで戻って来たらしい。
 怠い身体を起こして薄暗い部屋を見回すが、ユニの姿はどこにもない。
 もしかしたら、ここ数日の事が夢だったのではないか? そんな気もしてくる程だ。
 だがそれは、左手の甲に刻まれた剣の紋章が夢ではないと告げていた。

「あのぉ~エトワールさん?」

 虚空に向けて、その身に宿したはずの精霊の名を呼んでみる。

『あら、呼びましたか?』
「うわぁ!? 即レスおばけじゃん!!」

 すると神器化したユニと話すときのように、脳裏に優し気な声色のエトワールが、コンマ二秒で返事をした。

『なんだかよくわかりませんが、褒め言葉と受け取っておきましょう。それで、どうしました?』
「あ、えっと……あの後どうなったのかと思って」

 気になっている事をそのまま聞いてみる。
 ちなみに特に意味がないのはわかっているが、なんとなく左手の甲に向けて話しかけてしまう。
 なんかスマートウォッチで電話してるみたいだね。なんつて。

『あなたが気絶した直後、杖の精霊が加勢してスカルエンペラーをボコボコにしていましたよ』
「え、ユニが? てかボコボコって、あの子何やらかしたんだ……」
『その後は特に何事もなくダンジョンの外で皆さんと別れて、この家まで運んですぐにどこかへ行ってしまいました』

 意外と詳細に周りの状況が把握できるようで、エトワールはあれから起こった事を簡潔に教えてくれる。
 彼女と学生時代に契約していれば、授業中居眠りしても内容を教えてくれるのでは……?

『精霊を便利道具みたいに思わないでくださいね?』
「げっ、そうだった……私のプライバシーは侵害されているんだった……!」

 神器化したユニと同様に私の思考が読めるようだ。
 しかもエトワールは常に私の中にいるため、もう私に一人になる時間は無さそうだ。
 これが契約の代償かぁ……! あまりに大きすぎる代償だぁ……!

『心の中まで愉快な人ですね……普段から口出しするつもりは無いので、存分に妄想に耽ってください』
「四六時中妄想してないよ!? 家にいる時にちょっとだけだもん……」

 今の私って傍から見たら超ヤバい奴になっているに違いない。
 だって左手に話しかけて、ツッコんで、自爆しているのだから。
 日常生活でそんな人いたら、私だったらちょっとずつ距離を置くだろう。

 深いため息を吐いた時、ふと自分の身体に目が行く。
 服はいたる所が避けてしまって血が滲んでいるが、その奥にある肌は綺麗なもんだ。
 あ、今のは自画自賛したわけじゃなくて、あったはずの傷が消えていた。って意味だからね!

『わかっていますよ……杖の精霊が出かける前に治癒魔法をかけていましたね。私にも何やら語り掛けてきましたが、無視してやりました』
「ふーん治癒魔法を――って、なんで無視するのさ……仲悪いの?」
『いえ、互いに初めて邂逅したので、好きでも嫌いでもありません。ただ私は流れ込むエーテルに夢中で……』
「流れ込むエーテル……? あぁ~、なんとなくわかったかも」

 倒れる寸前、私も感じた途方もない飢餓感。
 それを感じる直前、頭が勝手に大技を使おうとした気がする。
 でもそこまでの戦闘で、精霊魔法の源であるエーテルが少なくなっていた私のエーテルが底を尽きてぶっ倒れた……。それがあの時感じた飢餓感の正体なのではなかろうか?

『見事な推察ですね。まさにその通り、まさかここまで消耗していたとは夢にも思いませんでした』
「道中かなり暴れたもんで……」

 ボス部屋に至る前。スケルトンの大群相手をばっさばっさ斬りまくって、ばんばん青雷を撃ちまくったツケが回ったようだ。

「てか、青雷って結構ばんばん撃ててまだ余裕があった気がしたけど、それでも足りないくらいのエーテルが必要って……もしかして、エトワールさんって燃費悪い?」
『ふふ、本当に鋭いですね。だから私は【暴食の剣】なのですよ』
「おぉ何その二つ名、かっこよ~!」

 七つの大罪モチーフなのかな? 何とも中二心くすぐるネーミングセンスに心が躍る。しかもそんなエトワールと契約しているなんて……!
 顔が緩んでいるのが鏡を見なくともわかる。多分絵にすると今の口は~~~ってなっている事だろう。

『と、ところで……今日、もう一度向こうの世界へ行くつもりはありませんか?』
「ふ、ふぇ? あ、あぁ~異世界ね、異世界……」

 ふにゃふにゃになった口が戻らないままその提案を聞いて、ベッドに転がっていたスマホの画面をタップする。
 ロック画面のデジタル時計を見ると、時刻は午後九時を回ったところだった。

「いや、今日はもういいや」
『え、えぇ……そこをなんとか……!』
「今日はもう十分戦ったし、眠たふぁぁぁぁ……いし」

 瞼を閉じると急激な睡魔が襲ってくる。
 この状態で寝たらきっと気持ちいいだろうな、そんな事を思いながら、私の意識は段々遠のいていった…………ッ痛ダダダダッ!?

『こら! 起きてください!』

 剣の紋章から針でグサグサされてるような激痛を感じ、一気に目が覚める。

「ちょ、ちょっと!! 完全に目ぇ覚めちゃったじゃん!!」
『それはよかったですね。では行きましょうか』
「鬼か! くそぉ……実態があればほっぺを、ぐんにゃぐにゃのめっためたにしてやったのに……!!」

 ユニのように実体のないエトワールへの、やり場のない怒りを枕を殴って解消する。(もちろん左手で)

「はぁぁぁぁ……わかった行くよ、行きますよ! って、まずは着替えないとか……」

 ベッドの上に立ち上がった私だったが、服が裂けまくっている事を思い出す。
 このままでは痴女になってしまうため、急いでクローゼットから新しい服を取り出して着替える。

「これでよし!」
『……あの、一ついいですか?』
「なにさ」
『さっきと同じ服のように見えるのですが……』
「意思決定の疲労を減らすため、私は気に入った服は何着も買う主義なんで」

 エトワールの疑問に対し、ちょっと気障に答えを述べてみる。
 あ、一応言っておくけど他の種類の服もあるからね? 本当だよ?

『もうなんでもいいですから、早く行きましょう。杖の精霊もきっとそこにいるはずです』
「あれ、ユニもいるんだ。んじゃ、ちょっくら迎えに行ってやりますかね」

 手櫛で髪を適当に梳かし、部屋を出る。
 隣接するリビングには明かりは灯っておらず、お姉ちゃんが帰っていない事がわかる。
 暗闇に見慣れた家の景色を重ねて、迷わず玄関に到達して、家を出る。

 部屋の窓からも見ていたが、外はすっかり夜だ。
 輝く星々の中央で、まん丸の満月が私を眩しく照らしている。

「うわ、満月だ~」

 普段よりオレンジっぽい月に見惚れながらマンションの階段を降り、愛車の元へと向かう……が。

「あれ、無い……!?」

 恐らくユニに連れ帰られたからだろう。きっと今でも事務所の横に留まっているに違いない。そうであってくれ……。
 足が不在なため、私はしぶしぶ徒歩で異世界に一番近い場所――宇都宮フェスタを目指して、丁度月に向かう形でとぼとぼ歩き始めるのだった。

to be continued.